2024年3月28日木曜日

令和5年度 卒業記念パーティー(謝恩会)が開催されました。

 令和5年度福岡大学人文学部文化学科の学位記授与式が挙行されたその日の夜に,会場を移して,卒業記念パーティー(謝恩会)が行われました。その様子の一部を掲載します。

 ご卒業になられた皆様,改めましておめでとうございます!!! これからのご活躍を学科一同,心から願っております!








2024年3月20日水曜日

令和5年度 文化学科卒業式が行われました。

令和6年3月19日に,令和5年度の文化学科卒業式(卒業証書授与式)が行われました。

学科主任の岸根先生より,学科の卒業生一人一人に学位記が授与されました。

卒業生の今後のご活躍を,教員一同,心より祈っております!













2024年2月28日水曜日

画家・野見山暁治先生のこと

 「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は,芸術学・美術史の植野健造先生です。


画家・野見山暁治先生のこと

植野健造(芸術学・美術史)

 

 日本美術史、博物館学等担当教員の植野です。今回は福岡大学にも縁のあった画家・野見山暁治先生のことについて書いてみたいと思います。

野見山暁治(のみやま・ぎょうじ)先生は、 昨年2023622日、心不全でご逝去されました。享年102歳、最後まで現役の画家であり続けた生涯でした。

野見山暁治先生は1920年現在の福岡県飯塚市に生まれました。嘉穂高等学校卒業後、1938年東京美術学校(現在の東京芸術大学)に入学、1943年卒業、ただちに戦争で応召、満州に派遣されるが、病気のため帰国しました。戦後1952年から1964年にかけて12年間フランスに留学、滞仏中の1958年ブリヂストン美術館で個展を開催し、これによって同年第2回安井賞を受賞しました。帰国後、1968年東京芸術大学助教授、1972年から教授を務めました。1978年『四百字のデッサン』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞するなど著書も多く、2014年文化勲章を受章されました。

福岡大学文系センター棟4階の第4会議室奥のロビーに、野見山暁治先生の「卑弥呼の国」という大きな油絵作品が掛けられています。1986年の作品で、同じ文系センター棟5階の国際会議室ロビーの壁面に設置されている石彫レリーフの下絵にあたります。両作品とも通常は残念ながら非公開となっています。


1984年、福岡大学は創立五十周年を迎え、その記念事業の一環として文系センター棟が建設されました。その後、1985年同センター棟5階の「国際会議室」ロビー壁面に、福岡大学が二十一世紀に向けて躍動するに相応しい絵画を飾ることになり、福岡県出身で東京芸術大学名誉教授の野見山暁治画伯に作品を依頼することになったようです。

 野見山先生は絵の制作にあたり、同センター棟16階ラウンジから博多湾を眺める機会をもちました。他の国々から風が博多湾に向かって吹いてくるような印象を受け、さらにその風がひとつになって集まってくる人々が創ったという伝説の国のイメージが湧きあがり、一挙に油絵にして描きあげたのが油絵「卑弥呼の国」と題した作品であると述べられています。その後「卑弥呼の国」は、約半年間かけて、石彫レリーフとして制作され、1987年に石材27枚をつなぎ合わせ横約11.3メートル高さ約3メートルの壁面に石彫レリーフが完成設置されました。

 野見山先生は、これら2点の作品が一般市民の方々のみならず、福岡大学の学生さんたちにも公開されていないことをつねづね残念に思われているようでした。

fig.1
野見山暁治《卑弥呼の国》
1986年、油彩・カンヴァス
福岡大学文系センター棟4階第4会議室ロビー
2011720日撮影

 

fig.2
野見山暁治(原画・監修)《卑弥呼の国》
1987年完成、石彫レリーフ
福岡大学文系センター棟5階国際会議室ロビー
2011715日撮影

 

 ちなみに、私は久留米市の石橋財団・石橋美術館(現在は久留米市美術館)の学芸員時代の2004年に野見山先生の絵を美術館で購入してもらえることになり、作品の選定のため東京都練馬区の野見山先生のご自宅兼アトリエを訪問する幸運に恵まれました。その際に購入した《風の便り》(1997年)は現在、東京の石橋財団・アーティゾン美術館に所蔵されています。貴重な思い出です。

先生の本格的な回顧展覧会は、これまで1983年に北九州市立美術館で、1996年に練馬区立美術館で、2003年に東京国立近代美術館ほか3館で、そして2011年に石橋美術館などで開催されました。石橋美術館での回顧展の際に、ある美術史家が新聞紙上の展覧会評で次のようなことを書かれていました。野見山暁治の回顧展は過去何度か開催されたが、この画家の凄いところは、最近作がつねに最も新鮮で気力に満ち魅力的な作品となっている、そのために回顧展も自動的に最新のものが最も充実している、と評されていました。この評言(ディスクール)に私も大いに同意するところです。私は個人的見解として、現代日本において最も優れた絵を描く画家であったと評価しています。

 野見山先生は新型コロナ禍の中、202112月に満101歳を迎えられました。同年には高島屋などで近作の個展を開催されて、なお身体も制作も充実しておられるところを示されていました。また、近年は作品を整理するために、福岡県立美術館はじめゆかりの美術館に作品を寄贈され、それらの美術館で画家・野見山暁治をあらためて顕彰する展覧会が開催されました。

野見山先生のステンドグラスの作品は、JR九州新幹線博多駅の「海の向こうから」、福岡空港国際線ターミナルビルの「そらの港」、飯塚市役所庁舎の「還ってくる日」などがあります。皆さんも記憶にとどめていただき、機会があればそれらの作品を鑑賞していただければと思います。

話も文章も魅力的で絵はとびきりの名手、最高に格好良かった野見山暁治先生のご冥福をお祈りします。


fig.3
野見山暁治(原画・監修)《海の向こうから》
20113月完成、ステンドグラス
JR九州 博多駅 新幹線3階連絡改札口内 4
2012624日撮影

 

fig.4
野見山暁治(原画・監修)《そらの港》
2013129日完成、ステンドグラス
福岡空港 国際線ターミナルビル3階ロビー
2014831日撮影

 

fig.5
野見山暁治(原画・監修)《還ってくる日》
201734日完成、ステンドグラス
飯塚市役所 エントランスホール
2020113日撮影

 

fig.6
久留米市美術館で開催された「野見山暁治の見た100年」展会場で自作について語る野見山暁治先生
久留米市美術館にて
2023421日撮影

 

 

 

2024年1月12日金曜日

2023年度 卒業論文発表会のお知らせ


 下記のとおり、卒業論文発表会を開催します。今年度に卒業論文を提出した4年生のうち、2名が発表します。LCの学生の皆さんが学年を超えて集まることのできる貴重な学科行事です。ぜひご参加下さい。

 1-3年生の皆さんも、卒論で先輩がどのようなことを研究して卒業していくのか、自分が卒論を執筆する上で大変参考になります。4年生で自分は卒論を書いていないという方も、同級生の友人が大学での最後に発表する卒論発表をぜひご覧になって下さい。



・日時 2024年1月30日(火)13:00~14:30

・開催方式 対面

・会場 文系センター棟15階 第5会議室


プログラム

1. 武井遥菜さん〈指導教員:林誓雄(哲学・倫理学)〉

  ケインの責任論から考える、未成年者の責任について


2. 山口大貴さん〈指導教員:大上渉(心理学)〉

  日本の神社仏閣に対する犯行パターン抽出と類型化の試み




2023年11月29日水曜日

映画館へ行くこと、目的を持たないこと

「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は,哲学・宗教学の小笠原史樹先生です。


映画館へ行くこと、目的を持たないこと

小笠原史樹(哲学・宗教学)

2023年11月18日土曜日

ありがたい言葉

 「教員記事」をお届けします。今回の寄稿者は,文化人類学の中村亮先生です。



ありがたい言葉

中村亮(文化人類学)

 文化人類学のフィールドワークは、肉体的・精神的につらいものである。しかし私が、20年以上もフィールドワークを続けてこられたのは、現地の人びとの知恵や技術、その生き様に魅了されてきたからだ。人びとから学ぶことのなんと多いことか。そのなかでときおり、自分の価値観をくつがえすような、もしくは、謎が一気にとけてゆくような、「ハッ」とする言葉に出会うことがある。これがフィールドワークの魅力である。
 そのうちの一つが「海女がつくる里海」に書いた、福井県の海女さんの「海も畑と同じように耕さないとダメになる」という言葉である。この言葉に「里海の思想」を見いだせた気がして感動したことを覚えている。ここではもう一つの例として、私が学生時代にカルチャーショックを受けた一言について書いてみたい。それは、タンザニア南部のキルワ島でのフィールドワーク中に出会った言葉である。

 人口1000人ほどのキルワ島は、島民全員がムスリムのイスラーム社会である。私は、マングローブとサンゴ礁に囲まれたこの島の漁民文化について調べている。文化人類学のフィールドワークでは、村社会に溶け込むために、一般家庭に居候させてもらうのが常である。私もキルワ島では、モハメド家に居候させてもらっている。モハメドさんは、私が2000年に初めてキルワ島を訪れた際に出会った、20年来の大親友である。

 2003年にモハメドさんが家を建てたときに、ありがたいことに私用の部屋を作ってくれた。それ以来、モハメド家にお世話になっている。当時モハメド家は、モハメドさんと奥さん(仮にAさんとする)と子供3人の、仲の良い5人家族であった。Aさんはとても明るい性格で、働き者で、料理上手な人である。とくに私は、Aさんが毎朝ポットいっぱいに作ってくれる生姜入りの紅茶が大好物であった。朝食後に紅茶を飲みながら調査ノートをまとめる。最高の居候先である。

 平和なモハメド家に事件が起きたのは、忘れもしない2004年12月のことであった。なんと、モハメドさんの不倫が発覚したのである。仕事で頻繁に対岸の町に行くモハメドさんは、そこで一人の女性と知りあい深い仲になってしまった。狭い社会である。不倫の噂はそのうちAさんの耳に届いた。
 
 Aさんに問い詰められたモハメドさんは、最初はしらを切っていたが、やがて不倫を認めた。それからは夫婦喧嘩の日々である。家には不穏な空気がながれた。普段は優しいAさんが、「リョウも知ってたんでしょ!」とすごい剣幕でつめ寄ってくる。「僕は知らなかったよ」と、情けなく自分の部屋に逃げ込んでしまうことしかできない。

 険悪なムードがつづいた何日目かのことだった。リビングで言い争う声に目が覚めた。その日のAさんの怒りは激しかった。私は「もしも離婚することになったら大変だ、一体どうなるんだろう」と、自室の扉の前で聞き耳を立てていた。その時、Aさんがモハメドさんに言ったのである。「不倫するくらいならその女と結婚しろ!」と。

 扉越しにこの言葉を聞いた時に、「ああ、ついに離婚するんだ」と落胆した。しかしその勘違いにすぐに気がついた。Aさんは「自分と離婚して不倫相手と結婚しろ」と言ったのではない。「第二婦人として不倫相手と結婚しろ」と言ったのである。そのことが理解できた時に、私は少なからぬショックを受けた。

 キルワ島はイスラーム社会なので一夫多妻婚が認められている。頭ではそのことを分かっていた。だが、私の一夫多妻理解は「一人の男性が四人まで同時に妻をもつことができる婚姻制度」という辞書的なものであった。しかし、Aさんの言葉で、一夫多妻とは何かについて、生活者の視点から理解できた気がした。それは「人間関係を断ち切ることを回避することができる婚姻制度」であったのだ。

 現代日本のような一夫一婦制社会で不倫が発覚した場合、その結末は、不倫相手と別れる・妻と離婚する・妻と不倫相手のどちらからも愛想をつかされる、などだろう。有名人の不倫の場合は、社会的に制裁されることもある。いずれにせよ、どこかしらの人間関係を切るしかなく、その後に残った人間関係も気まずいものになってしまう。つまり「発覚した不倫」から人間関係が広がることは無いのである。

 しかし一夫多妻制社会においては、不倫相手を第二婦人とするという選択肢がある。この場合、妻とも不倫相手とも人間関係を正式に保つことができるのである。不倫の結末が、一夫一婦制と一夫多妻制とでは大きく異なることがあるのだ。実際に翌年、モハメドさんは不倫相手を第二婦人として結婚した。もちろんこれでAさんの怒りが完全におさまったわけでも、モハメドさんの不倫の罪が消えたわけでもないが、モハメド家の親族関係が広がったことは確かである。

 この出来事を文化人類学的に考えてみる。モハメドさんが不倫相手に貢ぐことは、モハメド家のお金が外部(他人)に流れることを意味する。しかし第二婦人に貢ぐのであれば、それは内部(親族)のために使ったお金となる。お金の意味が変わるのだ。また、Aさんの3人の子供は、対岸にある第二婦人の家に居候しながら対岸の中学校に通った。島に住むモハメドさんの父親が病気になった時も、病院に近い第二婦人の家から通院した。つまり、不倫相手を第二婦人としたことで、モハメド家の人的・経済的な相互扶助の輪が、島を超えて対岸にまで広がったのである。

 あの時、Aさんは離婚を要求することも考えただろう。しかしそこをぐっとこらえて「その女と結婚しろ!」と言ったのだ。私はその言葉に本当に感謝している。Aさんの英断のおかげで、モハメド家は離散することなく、逆に、人間関係と相互扶助の輪を広げることができたのだ。そして私は、あれから20年たった今でも、Aさんの美味しい紅茶を飲みながらフィールドワークを続けることができているのである。



2023年10月18日水曜日

2023年度 オープンキャンパス(学生記事)

 8月6日に行われたオープンキャンパスの様子について、スタッフとして参加した2名の学生にレポートしてもらいました。

(1)古賀愛結さん:文化学科3年

 皆さん、こんにちは!文化学科3年の古賀愛結です。

 2023年8月6日(日)にオープンキャンパスが開催され、非常に多くの方々に来場して頂きました。今回私は、文化学科のスタッフとして参加させて頂きました。学部学科ごとに教室が割り振られており、先生方とともに入り口の装飾や、内装にこだわりながら、準備を行いました。展示のコーナーには卒業論文コーナーや教員の紹介パネル、文化学科で学ぶことができる7つの学習領域が細かく説明された回転式のパネル、実際に受講している講義資料など、様々なものを設置しました。

 また、教室に個別相談コーナーを設け、文化学科に興味をもった多くの高校生や、保護者の方々に来て頂き、質問の受け答えをすることができました。そこでは、「なぜ文化学科に入ろうと思ったのですか。」「文化学科ではどのようなことを学んでいますか。」といった質問を数多くいただきました。文化学科での学習内容に疑問を感じている学生が多いように感じました。文化学科では主に7つの領域について学ぶことができます。そのため、様々な分野の中から自分が興味をもったものを選択し、この学科で将来の方向性を決めていこうと、入学している人が多い印象です。進路に関する不安や、文化学科のことだけでなく、日々の大学生活についても話すことができ、生徒の目線に立ってお話をする良い場所となりました。そして、文化学科で学ぶ「笑い」をテーマとした模擬講義が2つ行われました。私がお手伝いさせていただいた講義は古川善也先生による「心理学における「笑い」」をテーマにしたものでした。講義には想像以上の非常に多くの学生方、保護者の方々に足を運んでいただきました。30分間という短い時間でしたが、来場してくださった多くの方々には、大学の授業の進め方や雰囲気を感じることができ、心理学に少しでも興味を持っていただけたのではないかと思っています。私自身もとても興味を持ちながら、この講義を受けることができました。このオープンキャンパスを通して3年前、私もこうして大学へ胸を躍らせ訪れたことを思い出し、とても感慨深く感じました。この度は福岡大学オープンキャンパス、文化学科のブースへお越しいただきありがとうございました。来年の春、福岡大学で皆さんにお会いできるのを楽しみにしております!


(2)立野夏帆さん:文化学科3年

 みなさんこんにちは、人文学部文化学科3年生の立野夏帆です。今回は令和5年8月6日に開催された福岡大学オープンキャンパスの様子をお届けします!

 福岡大学のオープンキャンパスは毎年多くの方が足を運ばれますが、今年は二日間(8月5日、6日)とも快晴で非常に暑い中での開催でしたが、17,319名の方にご来場いただきました。初めて福岡大学を訪れた方は、とても広いキャンパスに驚いたと思います。私も高校2年生の頃福岡大学のオープンキャンパスに初めて参加し、広さと緑の多さに驚き、校内をぐるぐる回ったことを思い出しました。

 私は文化学科のブース(A棟703)で文化学科のスタッフとして学生目線で高校生の方や保護者の方と交流をしました。文化学科の個別相談コーナーは教室に入る前から目を引く飾り付けが施されており、教室の中は文化学科で学べる7領域の紹介や教員紹介のパネル、卒業論文の展示、実際に授業で使用したレジュメの展示などがありました。その他にも在学生・教員による個別相談も行いました。

 文化学科のブースに足を運んでいただいた方の中には福岡だけではなく北海道など他県から訪れた方もおられ、大学選びに対する意識の高さに驚きました。学生の方だけではなく、付き添いの保護者の方も多くみられ、親子仲良くブースの展示物を見たり、個別相談に参加したりする様子も見ることができ微笑ましかったです。

 文化学科の模擬講義は「文化学科で学ぶ『笑い』」をテーマとし、午前は心理学教員の古川善也先生、午後は西洋芸術学教員の浦上雅司先生による授業が A棟401教室で30分ずつ行われました。私は浦上先生の「西洋美術における『笑い』」の授業にスタッフとして参加しました。短い時間ではありましたが、参加された方々は文化学科の雰囲気を味わいながら、大学生の講義を一生懸命理解しようとしているように見えました。皆さんが講義を真剣に受けている姿を客観的に見て、普段の自分を見直し初心を取り戻すきっかけになった気がします(笑)

 今回相談に来た方の質問で特に多かったのは、「文化学科は何を学ぶ学科なのか?」でした。文化学科では7つの分野(心理学、宗教学、哲学・倫理学、社会学、文化人類学・民俗学、地理学、芸術学・美術史)を専門的に学ぶことができます。つまり、1つの分野が自分に合わなくても別の分野があるため、「色々なことを学びたい!」、「これから興味のある分野を探したい!」方にとてもおすすめできる学科だと思います。

 他にも「臨床心理学科と文化学科で学ぶ心理学の違いは何ですか?」、「文化学科に決めた理由は何ですか?」、「就職先はどのようなところがありますか?」、「男女比はどのくらいですか?」など沢山の質問に対して在学生目線で丁寧に答えることができました。もちろん、自分には答えることが難しい質問などは他のスタッフや教員に助けを求めながら楽しく交流ができたと思います。

 今回のオープンキャンパスを通して、少しでも皆さんのお役に立つことができたなら幸いです。来年の春、皆さんとお会いできることを楽しみにしています!