2018年4月16日月曜日

平成30年度 文化学科ガイダンスゼミナール&新入生歓迎会 が開催されました

 4月14日(土)に中央図書館多目的ホールで、新入生を対象とした文化学科ガイダンスゼミナールが開催されました。本年度のテーマは「文化学科で考える<暴力>」。冒頭、新入生たちにミニペーパーが配られて、「暴力」とそれぞれが考えるものを記入してもらいました。それを回収し、司会の平井靖史先生から具体例がいくつか紹介される形で、ゼミナールはスタート。最初に、小林信行先生が「暴力の定義を考える」と、第二部として、縄田健悟先生が「暴力の原因を探る」と題してミニ講義をおこないました。

 小林先生は講義の冒頭、課題・問題へのそもそもの取り組み方について解説をされて、「知性を活性化する」方法のひとつとして、「疑問をもつ」ことを、具体的には、What?, Why?, When?...などの日常生活の中で無意識に使っている疑問詞を活用することを、試みて欲しいとお話しされました。その上で、これから課題として新入生たちにしてもらう「定義」とは、What? の問いに答えようとするものであり、先ほどミニペーパーで実際にやった(a)「事例のリストアップ」と、それらを眺めてみて浮かび上がってくる(b)「共通特徴の発見」にチャレンジしてみようということで、実際に、小林先生なりの暴力の定義を、二つ提示されました。



 次に、縄田先生の講義では、心理学研究が目指すもののひとつである「因果の法則性の解明」について説明され、人間行動の原因について、今回の場合は、人間が暴力をふるうその原因について考えてみよう、と課題を設定されました。とくに、社会心理学の視点から、行為者が置かれる状況に注目する事例の一つとして、有名な「ミルグラムの服従実験」を取り上げて、個人の行動は、本人の性格だけでは説明できず、むしろ誰もが、社会的状況からの様々な影響を受けており、そしてその影響には逆らいがたいということが指摘されました。そうした、社会状況的な要因も含め、暴力の中核的な原因と考えられるものは何なのか、それが中核的な原因であると考える理由は何なのかも含めて考えてみよう、という課題が出されました。


 新入生たちには、グループごとにこの二つの課題について考えてみるため、3時間に及ぶグループ討議と発表準備の時間が与えられました。図書館やインターネットで資料を調べたり、ひたすらに議論したりして・・・あっという間に時間は過ぎます。サポートの上級生の手を借りつつ、全グループが締切時間どおりに、発表会場に戻ってきました。

 午後の前半は全8グループのうちの4グループから、手書きのレジュメをスクリーンに映しながら発表をおこないました。発表時間が10分にもかかわらず、5分持たずに発表を終えてしまうグループもあれば、10分ギリギリまで使って発表をするグループも。ほとんどのグループの発表内容で印象的だったのは、「暴力」の定義のなかには「精神的な苦痛」が中心的に入っていたこと。たしかに、昔は「指導」の一環として許されていたのかもしれない「体罰」も、今では問答無用で「悪いこと」として叩かれ炎上する時代。身体的・物理的な「暴力」を目にしたり体験することはほとんどなく、むしろいま問題なのは、セクハラ・アルハラ・スメハラ・モラハラなどの精神的な苦痛ばかりで、そういうものこそが「暴力」だと考えるのは、当然のことなのかもしれません。
 
 そんななか、休憩を挟む形で後半にかけては、「価値観の押し付け」が「暴力」であり、その原因として「価値観の違い」をあげるグループが出てくるなど、学術的に少し掘り下げた議論の跡が見えてくることもありました(なお、「価値感」と記述していたレジュメがいくつか見られましたが、それは間違いです。正しくは「価値観」ですので、今後は気をつけましょう)。全グループの発表が終わったあとの総合討議、最初は新入生からの質問が出てこなかったのですが、「暴力」のなかに「悪い暴力」と「良い暴力」があるのではないか、いや「暴力」はすべて「悪い」。良い悪いというなら、その線引きを示すべき、などの小笠原先生林先生の提案と反論が呼び水となり、新入生の皆さんからも積極的な発言が飛び出し、熱いバトルが繰り広げられました。これから、文化学科で学ぶことは何なのか、そして学術的な議論とは、一体どういうものなのかということを、新入生の皆さんに少しでも垣間見てもらえたのだとすれば、それはとても嬉しいのですが、どうだったでしょうか?



 ゼミナール終了後は、お楽しみの新入生歓迎パーティー。一日勉強し尽くして疲れ果てて、お腹もペコペコなのでしょう。用意した料理や飲み物は、あっという間になくなってしまいます。そんななか、一人の先生を囲んでのミニ講演会がひらかれていたり、恋に悩でいる新入生に恋愛相談会がひらかれていたりと、美味しいご飯やケーキを片手に同級生や、先生たちとガイダンスゼミの感想や愚痴(?)を言いつつ、笑いながら、あっという間に閉会の時間を迎えました。

 新入生のみなさんは、まさに学問の扉を開けたところです。今回のガイダンスゼミがその指針になることを祈っています。

 最後になりますが、この会を開催するにあたって、講義を引き受けてくださった小林先生と縄田先生、司会の平井先生と一言先生に、そして、サポートを担当してくれた上級生の皆さまに心より御礼申し上げます。

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第1回 LCアーベント開催のお知らせ

先日お伝えした第1回LCアーベントの教室が決定しました。下記の通りです。

 【LCアーベント】
 日時 4月26日(木)16:30-18:00
 場所 A601
 提題者 本多康生 先生(社会学)
 題目 ハンセン病療養所におけるフィールドワーク(仮)
 ※領域別研究チーム「排除・リスク・コミュニティ」研究会との共催

新入生を含め、学生の皆さんの参加も大歓迎です。ぜひ気軽にのぞいてみて下さい。

なお、第2回は5月29日火曜日、同じ時間帯の予定です。ただし、これはあくまでも現時点での予定で、今後変更の可能性もあります。詳細が決まり次第、また改めてブログ上で告知します。

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 LCアーベント開催のお知らせ

2018年4月8日日曜日

平成30年度 新入生指導懇談会(対面式)



45日(木)に文化学科の新入生と学科教員の対面式が行われました。


今年度の新入生は転科生を含めて102名です。

藤村健一先生による司会進行のもと,学科主任の宮岡真央子先生から歓迎の辞が述べられました。

その後,教員の紹介が行われ,また新入生一人ひとりが和気あいあいとした雰囲気で自己紹介を行いました。

皆さんの大学生活が実り多きものになるよう,文化学科の教員一同,サポートしてまいります。



2018年4月6日金曜日

LCアーベント開催のお知らせ

この四月から「LCアーベント」と題して、新しい研究会の企画をスタートさせますので、そのお知らせです。
※「アーベント」(Abend)はドイツ語で「夕方、晩」、あるいは「夕方に行われる催し」の意味。

文化学科の教員たちの専門領域は、哲学、宗教学、美術史、社会学、文化人類学、心理学、地理学という七つの分野に広がっていますが、残念ながら今まで、各分野を超えた研究会などはあまり開かれてきませんでした。こんなにも多彩な教員が集まっているのに、これはあまりにも勿体ない!……ということで立ち上がったのが、この企画です。

基本的なコンセプトは、それぞれの教員が今一番面白いと思っていることを、他の分野の教員にもわかるように話す、そして分野を超えて議論する、というもの。

もちろん学生の皆さんの参加も大歓迎ですので、ぜひ積極的にご参加下さい。個々の授業で学んだこと/学ぶことがどのように交わるのか、実際に体験できる機会にもなるはず。

第一回目の詳細は下記の通り。

 日時 4月26日(木)16:30-18:00
 場所 未定
 提題者 本多康生 先生(社会学)
 題目 ハンセン病療養所におけるフィールドワーク(仮)
 ※領域別研究チーム「排除・リスク・コミュニティ」研究会との共催

五月以降も、学期中は月一回程度のペースで開催する予定です。新入生の皆さんも遠慮せず、ぜひ気軽にご参加を。

第一回目の教室が決まり次第、改めてこのブログ上で告知します。続報をお待ち下さい。

2018年4月4日水曜日

平成30年度文化学科ガイダンスゼミナールのお知らせ

 4月14日(土曜)に福岡大学中央図書館多目的ホールにて、文化学科新入生を対象とするガイダンスゼミナールが開催されます。

 このゼミナールは文化学科に入学された皆さんがこれからの4年間「文化学科で何を、いかに学ぶか」を具体的に知ってもらうための催しです。「文化学科で考える『暴力』」を共通テーマとして、皆さんには、まず、お互いに議論して暴力の様々な具体例をあげてもらい、続いて2人の先生方が異なる角度から話をします。

 そして、先生方から出された課題に皆さん方がグループに分かれて取り組み、その成果を発表してもらいます。最後に、参加者全員で議論をします。

 ガイダンスゼミナール終了後には新入生歓迎会が行われます。

 当日は、必ず学生証筆記用具を持参して下さい。



日時 2018年4月14日(土)9:00-17:30(8:50開場)
会場 福岡大学中央図書館1階多目的ホール

午前の部
 09:00 開会、趣旨説明
 09:05 予備作業(暴力の様々な具体例について)
 09:30 講義① 小林信行先生「暴力の定義を考える」
 10:00 講義② 縄田健吾先生「暴力の原因を探る」
 10:30 グループ作業に関する説明
 10:40 グループ作業①=課題をめぐる調査、議論、発表準備
 (適宜昼休み)

午後の部
 12:30 グループ作業②=課題をめぐる調査、議論、発表準備
 14:30 グループ別発表① 15分(発表10分、質疑応答5分)×4グループ
 (休憩15分)
 15:45 グループ別発表② 15分(発表10分、質疑応答5分)×4グループ
 16:45 全体討論
 17:30 閉会

 18:00 新入生歓迎会(文系センター棟16階スカイラウンジ)〈会費=1,000円〉




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2018年3月30日金曜日

カウンターには何があるのか?(宮野真生子先生)


平成29年度第15回教員記事をお届けします。哲学の宮野真生子先生です。私たちはなぜ飲みに行くのか、カウンターには何があるのかを実体験をまじえ(?)、語っています。


カウンターには何があるのか?
宮野真生子(哲学

食事に行くとき、あるいは飲みに行くとき、さらには喫茶店にコーヒーを飲みに行くときでさえ、私はカウンターに座るのが好きです。

そこで、たくさんのお酒を飲み、おしゃべりし、時にマスターに怒られ、常連になぐさめられたり、相談にのったりしながら、かなりの時間を過ごしてきました。とくに京都での学生時代には下手をすると家で勉強しているよりも、長い時間をカウンターにいたかもしれません(記憶にある限り、夜の7時に入って朝7時までいたというのが最長のような気がします)。

感覚的にいうと、当時の私はカウンターという場所で多くのことを学ぶと同時に、救われてきたんだと思っています。しかし、いったいなぜ? 
某バーにて


居酒屋やバーという小箱の店は、多くの場合カウンターがメインです。もちろん、そこには美味しい食べ物があるし、良いお酒もある。けれど、良い酒だけを飲みたいのであれば、あるいは、良い食材を堪能したいのであれば、家に買ってきて楽しんだ方がコスパはきっといいはず。それでも人は外で食べ、飲むことを求めるわけです。もっと極端な例を出すと、家で食べられるありふれたものしか出ないような店に好んで行く人もいます。




たとえば、最近人気のマンガ『深夜食堂』はその典型ですね。出てくるものは、タコさんウィンナーや卵焼き、お茶漬けに肉じゃが。本当に普通のものです。ありふれたものしか出ないのに、なぜわざわざ店に行くのか。この問いに対して、日本の戦後文化を研究するマイク・モラスキーは居酒屋の魅力を「物の流通および消費する場」ではなく「人との出会いおよび交流が発生する場」と述べています。そして、その魅力を「第三の場」というキーワードから分析します。この「第三の場」という言葉の意味するところを、レイ・オルデンバーグが『サードプレイス—コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」』で詳しく説明してくれています。彼によれば、第三の場(サードプレイス)とは、第一の「家」、第二の「職場」に続く、「インフォーマルな公共のつどいの場」です。その例としてオルデンバーグは、職場に行く前に立ち寄るカフェや家に帰る前のパブをあげています。こういった場所は「誰でも受け入れる」場であり、いつ行ってもいいし、いつ帰ってもいいところです。その自由さは家にも職場にもないものです。それなら、コンビニやファーストフード店だってそうじゃないか、と思うかもしれません。けれど、サードプレイスとコンビニは全く違います。コンビニの自由は、その人が一人の人格、「私」という存在である必要がないというだけ、つまり、互いに顔を認識することもない「誰でもいい人」として扱われることから生じるものです。それは、自由というより、むしろ孤独に近いものです。一方のサードプレイスはたしかに出入り自由ですが、そこには互いをよく知るお馴染みの面子がいて、それぞれの顔をしっかりと認識し、様々な会話が交わされます。そして、このような活動を通じて、サードプレイスは人びとの生活を円滑にするためのコミュニティとして機能し、「個人とより大きな社会との間をとりもつ基本的な施設」となっている、とオルデンバーグは言います。

なぜ、サードプレイスはそうした機能をもつのでしょう。それはサードプレイスでは、「レベリング(平等化)」が起こるからです。サードプレイスはあらゆる人に開かれています。それはつまり、それぞれの人の立場を問わないということです。あらゆる人が楽しむ場になるためには、社会的地位はサードプレイスの外に置いてくる必要があります。オルデンバーグはこう言っています。

「サードプレイスの門をくぐるときには、きっとある変化が起こるはずだ。なかにいる全員が平等でいられるように、世俗の地位をひけらかすのはやめてほしい、と入口で念を押されるに違いない。外の身分の放棄、あるいは配達用トラックの持ち主とその運転手とを対等な者として扱う平等化の見返りとして、より人情味があり、より長続きする場に受け入れてもらえる。平等化は、日常の世界での地位が高い人にとっても低い人にとっても、喜びであり安らぎである」(オルデンバーグ、p71)

私たちの日常生活は、たいていの場合、何らかの目的に基づく行動によって形作られています。その目的を達成するために、人と人は一定の役割に基づく関係を結びます。それは安定した日常を送るために大切なことですが、上司と部下や、妻と夫といった役割は、時に人の行動を制約し、その役割を生きている「私」の姿を見えなくしてしまいます。サードプレイスのレベリングはこうした役割を外すことで「本人の個性や、他者と共にいることの固有の喜び」を発見させることができるというわけです。

ふりかえって考えると、私にとってカウンターはまさにこうしたサードプレイスだったのです。若く、まだ肩に力が入っていた頃、大学のなかで群れることを嫌い、うまく友だちも作れず、しかしプライドだけは高かった、まぁ、要するにこじらせ系女子だった私が、そのしょうもないプライドを打ち砕かれ、色々と背負っていたもの(背負っているつもりのもの)をおろして、ただの小娘に戻れる場所。そして、だからこそ、私はそこで色々なことを学べたのだと今になって思います。関西の酒場ライターであるバッキー井上さんは次のようにカウンターの魅力を語っています。

「ひとりでいるのは気楽だけれど時にさみしい。でも街にはカウンターがあってくれるので、さみしくなったらそこへ随意に行くことができる。…そのうちにひとりの人生だけれどひとりではなくなるような気になってくる」(バッキー井上、p59)

あいかわらず私は一人でカウンターに飲みに行きます。むしろカウンターに座るときは一人がいい。そこで色んなものを下ろして、小娘のときからさして変わっていない自分に気づくのです。「あいっかわらずアホやなぁ」。ひさしぶりに訪れた木屋町(京都の繁華街です)のバーでそう言われることほど嬉しい瞬間はありません。

*参考文献


レイ・オルデンバーグ、2013年、『サードプレイス—コミュニティの核になる「とびきり居心地のよい場所」—』、みすず書房

バッキー井上、2009年、『たとえあなたが行かなくとも店の明かりは灯ってる。』、140B

マイク・モラスキー、2014年、『日本の居酒屋文化—赤提灯の魅力を探る—』、光文社新書



2018年3月19日月曜日

平成29年度 福岡大学人文学部 文化学科 学位記授与式が挙行されました

 平成30年3月19日、平成29年度福岡大学人文学部文化学科の学位記授与式が挙行されました。
 学科主任の浦上雅司先生より、学科の卒業生一人一人に学位記が授与されました。
 ご卒業されたみなさま、本当におめでとうございます。卒業生を支えて下さったすべての方々に心よりお礼を申し上げます。
 夜には会場を移して卒業記念パーティが行われました。
 卒業したみなさんの将来が、希望と幸福に満ちたものでありますように。