2015年12月8日火曜日

「かわいい」考(髙下保幸先生)

 「教員記事」をお届けします。2015度第13回は心理学の髙下保幸先生です。



 「かわいい」考


 髙下 保幸(心理学)

  今の世の中、いろんな「かわいい」に溢れているようである。企業は自社の製品・サービスの営業の先端に「かわいい」キャラクターを動員する。地方に行けば、おそらく千単位にのぼる「ご当地ゆるキャラ」なる着ぐるみが地産地消や地元観光のPRに務めている(なかには、「かわいい」というよりも気味の悪いゆるキャラもみられるが)。テレビの画面やステージに目を向ければ、AKBなどのアイドル・グループは主要なメンバーとして「かわいい」系を取りそろえている。こうした特に若年層における「かわいい」志向は、街に出てみれば明らかである。すれ違う若い女性は、大きく丸く見開いた目、赤いチークに膨らんだ(ように見える)頬、紅を小さめに丸くさした(ぽってり)唇のメークを誇らしげに見せつけている(最近流行りのメークとして、特に濃い真っ赤なチークが目につく。過ぎたるは及ばざるがごとしで、「かわいい」よりも違和感、あるいはおかしみを感じるようにも思われる)。
「かわいい」女性(「かわいい」化粧)
  この「かわいい」と感じさせる要因は何かを考えてみる。

1.「かわいい」は赤ちゃん――「かわいい」の原型「幼児図式」
  このわれわれをして「かわいい」と気持ちにさせるものの原型と言えば、赤ちゃんがあげられよう。
 
  赤ん坊とは、見ているだけで「かわいらしい」、抱き上げてみたいという気持ちやほほえみが思わず生じてくる存在である。

  オーストリアの比較行動学の祖であるコンラート・ローレンツ(Lorentz, 1943)によると、人間に限らず動物の赤ん坊は、共通した刺激特性である「幼児図式(幼体図式)Kindchenschema」という「サイン(信号)刺激」を形態としてもっており、これはおそらく人類普遍的に、われわれに「いつくしみ」の感情、すなわち「かわいい」という気持ちや養育行動という「固定した反応」を生じさせるものであるとしている。
 
  その幼児図式なるものの細かい特徴があげられている。

・顔面に相対して大きな脳頭蓋  
・高くはり出した額(でこ)
・顔面の下部に位置する顔全体に相対して大きな目

  人間は誕生時にはすでに大きな脳と眼を備えているといわれる。成長とともに後頭部と顔の全体、特に顔の下半分が大きくなる。

・丸くふくらんだ頬
・丸い感じの体つき

  赤ちゃんの体脂肪は、誕生時の12%から、最初のかわいい盛りの時期である1歳頃に30%ピークに達して以降減少する。まるまるとした体型は体への衝撃を和らげるのに、また頬の内側についた脂肪(赤ちゃんほっぺ)は授乳の際に乳首に吸い付きやすいという役割があるとも言われる。

・小さな口と小さな鼻
・丸いあごの輪郭

  まだ歯も生えそろわず、固形物も咀嚼しないことから、あごの骨や筋肉が成長しておらず、口は小さく丸く(おちょぼ口)、あごが細く丸い輪郭をしている(えらが張っていない)。

・身体にくらべて大きな頭(頭でっかち)
・ぎこちない動き

  赤ん坊は成長とともに、寝返り、這う、立つ、歩むという具合に活動する存在ともなる。体つきも2頭身半から4、5頭身ほどに成長するとはいえ、歩く足取りはおぼつかなく、よちよち歩きである。
 
  われわれは赤ちゃんのこうした行動(「アーアー」といった発語も含む)に成人の行動の原型をみるときに「かわいい」と感じると言われる(正高信男 京都大学霊長類研究所教授の提言)。
 
  また成人のように歩けないよちよち歩きの乳幼児のいわば拙い振る舞いに、成人の行動とのズレ(ユーモアの説明理論で言う「不調和」)を感じたときに、「おもしろ・おかしい」かつ「かわいい」存在ともなるように思われる。


幼児図式
(Lorenz, 1943の図版を改案)
着衣のボーヤ
裸のボーヤ  (1歳男児)
                                       
2. 「かわいい」顔実作品にみる「幼児図式」の効果
  特に顔にみられる「幼児図式」的形態の各要素が「かわいい」感じをもたらす効果について、「2010年度心理学A」の受講学生に下記の要領で実作を試みてもらった作品を手がかりに検討する。

  学生の「かわいい」顔の実作品には、一目で「かわいい」と思わせるものから、お世辞にも「かわいい」とは言いがたいものまで多彩であった。

  その「かわいい」と「かわいくない」を分けるポイントを分析してみた。
 
(1)目の大きさ
  「幼児図式」の特徴としてあげられているように、目は顔全体に相対して必ずしも大きくある必要はない。目が顔の下半分に位置する、また両眼の間隔が広ければ、目が小さくてもかわいいこともある(図①)。
 
  目が顔に相対して大きすぎると、エイリアンにみえてむしろ気味が悪くなる(図②)。

(2)目の位置
  目は顔面の真ん中より下に位置すべきである(図③は顔の真ん中より上に位置する)。目が顔の真ん中より下に位置することは、顔の下半分が上半分よりも短い(小さい)ことにもつながる。

(3)目の間隔
  目の顔全体に対する大きさとの絡みもあるが(目を大きくすると相対に両眼の間隔が短くなる)、両眼の間隔は広いほどかわいいようである(図④⑤)。
(4)目の光り
  目の中のわずかな部分に白く光が入ると、目が生き生きとして、若々しく、幼くみえるようである(図⑥⑦)。
 
  ただし光が大きすぎると異様にみえる(図⑧)。

(5)口の大きさ
  おちょぼ口のように小さくあるべきである(図⑨)。頬のふくらみにつながる描き方も有効である(図⑩)。
 
  口角を上げる(微笑む)描き方は、「かわいく」見えるのとは別途の「好ましい」印象をもたらすようである(図⑪)。

(6)上顔と下顔の大きさ
  下顔よりも上顔が大きく、上下に長くあるべきであるが、その大きさのバランスは微妙である(図⑫⑬)。
 と言っても、極端に下顔が小さいと奇妙である(図⑭)。

(7)赤ちゃんほっぺ
  チーク(頬紅)のように描くやり方(図⑮⑯)よりも線描の方(図⑰)が効果的である。

  以上の分析をまとめてみると、「幼児図式」の中核的な特徴とは、「上顔に比べて小さな下顔」、そして「左右が離れ、下顔に配置された眼」と言える。描画力がまずくても、そのポイントを押さえれば、なんとか「かわいい」顔ができあがるようである。
「かわいくない」顔と「かわいい」顔

(追記)
  子どもの愛玩用人形のなかには、「幼児図式」の中核的な特徴には当てはまらない、すなわち両眼がひっついて顔の中心に配置された「かわいい」キャラクターもみられる。
 非「幼児図式」的「かわいい」

  よって、何が「かわいい」かに関しては、なかなかに一概に言えないものでもある。という未熟な、「かわいくない」結論でこの稿を終える。
                 
 (以上の稿は、「文化学特講Ⅱ」の授業配付資料に基づく)

参考・引用文献
Lorenz, K 1943 Die angeborenen Formen möglicher Erfahrung. Zeitschrift für Tierpsychologie, 5, 235-409.
正高信男 1997 笑いと人間 青木 保ほか編 岩波講座 文化人類学 第1巻 新たな人間の発見 第3章 pp.93-95.
山口真美 2003 赤ちゃんは顔を読む 紀伊國屋書店 第5章 赤ちゃんの顔はなぜかわいい? PP.129-148.

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