2016年3月31日木曜日

ゼミ合宿で国立療養所星塚敬愛園を訪問して(本多康生先生)

 「教員記事」をお届けします。2015年度第19回は、社会学の本多康生先生です。



ゼミ合宿で国立療養所星塚敬愛園を訪問して

 本多 康生(社会学)

はじめに
  昨年9月10日・11日に、ゼミの2年生11名を引率して、鹿児島県鹿屋市にある国立ハンセン病療養所の星塚敬愛園を訪問し、1泊2日のゼミ合宿を実施した。星塚敬愛園は、敷地面積が約37万㎡の中規模のハンセン病療養所で、ハンセン病隔離政策下で入所した約160名の入所者(回復者)の方達が生活している。入所者の方の平均年齢は既に84歳を超えている。滞在中は、幾つかのグループに分かれ、8名の入所者の方から、居室や社会交流会館でライフヒストリーを伺った。学生達は、それぞれの方の苦難に満ちた体験に真剣に耳を傾けていた。また、交流会や恵生教会(園内にあるプロテスタントの単立教会)の金曜集会にも出席させていただいた。実りの多かった合宿で、印象に残ったことを記したいと思う。

  なお、ハンセン病問題の歴史等については、過去のブログ記事を参照していただきたい。

交流会にて
  初日の夕方は、「ハンセン病問題の全面解決を目指して共に歩む会」の松下先生に交流会を開催していただき、入所者・退所者・支援者の方達と交流を深めた。その際、支援者の方から、どのような「目的(問題意識やテーマ設定)」で訪れたのかと質問があった。学生達は皆、支援者の方達の熱意に戸惑っているようであった。そこで、私が「福岡大学の学生が何を考えているか、貴重な機会なので何でも知りたいんだよ」と説明を加えると、入所者の方達のお宅を訪問してお話を伺い感じたことを、一人一人が語り出した。

  私は合宿前に、入所者自治会50年史の『名もなき星たちよ』を読んでおくようにと課題を与えていた。一人の学生は、今回、入所者の方からお話を伺い、その前向きな考え方に触れたことで、「悲惨な歴史を読んできたので、つらいと思ったことはないと言われ、驚いた」と話した。「入所者の方が何を考え感じていたか、という深いところまで聞けて良かった」と語った学生もいた。

  今回の合宿では、教師の問題設定に基づき学習したことを、療養所を訪問して確認するのではなく、自分で問いそのものを見つけてほしいと考えていた。ハンセン病にあまり関心のなかった等身大の若者が、入所者の方との出会いの中で何を感じ、いかに自分で学びを深めていくかが大切であると思った。そしてその学びが、人生を豊かにしていく糧になればよいと願っていた。それが完全にうまくいったとは言えないが、学生達なりの努力は感じられた。

社会交流会館
  2日目午前は、一昨年12月に改装オープンした社会交流会館でハンセン病問題の啓発ビデオを見た後、担当の職員の方から展示資料の説明を受けた。展示の目玉は、戦前戦後の夫婦者寮の再現部屋である。それ以前の夫婦雑居部屋時代は夫婦4組が12畳半で生活し、寝る時は隣との仕切りにしていたという、ちゃぶ台も置かれていた。最初に設置された畳は市販のもので縁(へり)があったため、入所者の方から、「園内作業で作った昔の畳は縁など無かった」という指摘を受け、取り替えられたそうだ。
 
  その後、職員の方の案内で、敬愛橋、旧納骨堂、防空壕跡、貞明皇后御歌碑など園内を見て回った。途中のゲートボール場では、市内の高齢者会が試合をしていた。高齢化のため、ほとんどの入所者の方はもうゲートボールは難しいようだ。かつては、一般舎の方なら元気に自転車を乗り回し、大きな声で挨拶を返してくださったものだったが、外を歩いている方には出会わなかった。最後に、納骨堂にお参りして見学は終了した。園内見学から戻った後、学生達は熱心に感想を書いていたので、嬉しく思った。

恵生教会
  2日目午後は、恵生教会の金曜集会(祈祷会)に出席させていただき、私や学生のことも祈っていただいた。お邪魔になることを心配しつつ、学生達と出席させていただいたのは、入所者の方がハンセン病に罹患し、苦しみ抜きながら、信仰の中で生の意味を見つめ直した、その真剣な思いを、祈りを共にして学生に感じてほしいと思ったからである。

  集会後のお茶会で、学生一人一人が感想を話している時は、その拙さに冷や汗ものであったが、学生はその場ではうまく表現できなかったものの、心で感じることは出来たのではないだろうか。教会の代表をされているFさんが、「本多先生が若い人を教会に連れてきた理由がわかった」と話されたので、私の気持ちは入所者の方には伝わったのではないかと思う。

  十数年前には高齢化の進んでいた他園の教会と比べてにぎやかだった恵生教会も、多くの方が天に召され、ここ2、3年は出席者が一桁の時もあり、高齢化の一途をたどっていることに寂しさを感じた。しかし、教会員の方達が歓待してくださり、お茶会でも話が弾み、大変楽しいひと時を過ごした。

ゼミ合宿を終えて
  今回の合宿で学生達に強調したのは、「見えないものを見る」「聞こえない声を聴く」ことの大切さである。現在、入所者の方達の高齢化やハンセン病への社会の意識の変化、入所者の方達自身の社会からのまなざしの受け止め方の変化によって、ハンセン病の社会問題としての側面が見え辛くなっている。たとえば、「昔は大変で辛かったけど今は幸せ」という入所者の方の語りを、学生達は表層的に理解してしまう傾向がある。

  入所者の方達にとって、ハンセン病の重みをどのように受け止めるかという生涯を通じた課題は、一人の入所者の方の人生の中でも考えが変化するだろうし、短期間でも健康状態や生活場所(一般舎・センター・病棟)などによって変わってくるだろう。また、入所者同士、職員、外部の人など聞き手が違っても語りは変わってくる。入所者の方から直接語られない思いを、学生達はどこまで聴くことができただろうか。

  もっとも、以前と比べると、入所者の方が社会的な疎外感をあまり持たないようになり、現在の環境や生活に満足するようになっているのは大きな変化かもしれない。昔は「社会の人」と食事の場を共にするなど考えられなかったと入所者の方達は話される。私の経験でも、十年ほど前までは入所者や退所者の方は、オードブルなど大皿に盛りつけた料理を外部の人と共にする際に遠慮があった。他者に汚がられたり、差別されたりするのは、人であることを否定される経験である。ハンセン病問題という歴史的・社会的な問題を理解するには、高齢化やハンセン病問題の変化によって見え辛くなっている現在の事象の背後にあるものに気づかせるのも、教員の役割だと感じた。

  学生達は帰りのバスの車中で、入所者の方達から伺ったお話や、敬愛園で学んだことや感じたことを、家族や友人達に積極的に伝えていきたいと語っていた。その生き生きとした表情から、彼らの成長を強く感じた。学生達一人一人にとって、敬愛園訪問は貴重な学びの旅となった。


※本稿は、星塚敬愛園入所者自治会機関誌『姶良野』第340号(2016年4月1日発行)に寄稿した小文を一部改稿したものである。

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