2017年4月30日日曜日

孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―(中村未来先生)

 平成29年度第2回目の「教員記事」をお届けします。4月に赴任された哲学の中村未来先生です。



孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―
   
     中村未来(哲学

 本年度より福岡大学に参りました、中村未来です。これからどうぞ、よろしくお願いいたします。

 今年の2月、雪の降りしきる中、滋賀県高島市にある日本陽明学の祖・中江藤樹(1608~1648)の書院跡と記念館とを訪問しました。


 どちらの施設でも、スタッフの方が丁寧に解説してくださり、中江藤樹の事績とそれを支えた人々について、詳しく知ることができました。陽明学や中江藤樹についての知識は、それなりに書物で得ていますが、やはり当時使用されていた書籍や器物を目の当たりにし、実際にその土地を歩いてみると、より一層その生き様や思いが伝わってくるようでした。


 付近には、墓碑の後ろに盛土がなされた中江藤樹の儒式の墓や、関連書籍などを販売している休憩所「良知館」もあり、非常に有意義な時間を過ごすことができました。

 ただ、この参観において、一つだけとても気になることがありました。それは、記念館に展示された孔子の肖像画の爪が驚くほど長かったことです。
 これまで、あまり孔子画像の爪について気にすることはありませんでしたが、同じく山形県鶴岡市にある庄内藩校「致道館」所蔵の孔子「聖像」(下記【参考】URL参照)の爪や、玉川大学教育博物館(東京都)が所蔵している「孔夫子之像」の爪も非常に長く描かれているという特徴があることを知りました。
 孔子画像(および玉川大学所蔵の「孔夫子之像」)については、次のような解説がなされています。


上の前歯が出て、手指の爪が伸びた状態に描かれるのが図像表現上の特徴で、聖人思想家のイメージからは少々ずれる。本図は出っ歯ではないが、やはり右手親指の爪が長く描かれている。
(菅野和郞・解説、玉川大学出版部『全人』2010年9月号)


 孔子は中国古代、周王朝の権力が衰退した春秋時代末期(紀元前551年、あるいは紀元前552年)に生まれ、仁や孝、礼といった徳目を説いた思想家です。そのため、この長い爪を見ると、どうも礼儀作法からは外れた粗野な印象を受けてしまいます。
 礼拝像(仏画)の「長い爪」については、「道教的・土俗的」(井手2011)と捉えられることもあるようですが、儒家の祖と言われる孔子の爪が長いのは、一体どのように考えれば良いのでしょうか。
 この謎に向き合う時、恐らく、中国思想に少し関心をもっておられる方は、まず始めに儒家経典『孝経』にある「身体髪膚、之を父母に受く。敢て毀傷せざるは、孝の始めなり」(開宗明義章)という一文が想起されるのではないでしょうか。親から授かった体は、髪や皮膚(爪)に至るまで傷つけてはいけない、それが「孝」の始めだとされている有名な言葉です。

 また、孔子の尊崇した古代聖人・周公旦は、幼い成王が病に倒れた時、自身の爪を切り黄河に沈め、身代わりとなることを祈ったと言われています(『史記』魯周公世家、蒙恬列伝)。
 さらに、始皇帝が絶賛した法家の書『韓非子』内儲説上篇には、切った爪をわざと隠し、それを臣下に探させる韓の昭侯の話が載っています。この記事に対して、江戸時代の学者・太田方は「人主の爪は汚れた場所には捨てず」、「生きている時はそれを集めておいて(捨てず)、死して後、小袋を作ってこれを盛る」のだと解説しています(『韓非子翼毳』内儲説上篇)。このことから、少なくとも爪には、古代より自身の体の一部であるという認識が強く含まれており、それが親との繋がり(孝)や体の一部を用いて行う呪術的な儀式などへと展開していったのであろうことを窺うことができます。

 ただし、南宋の学者・朱子は、書院で孔子を祭る際、塑像を造る必要はなく、その時々に臨んで席を設ければよいと述べています(『朱子語類』巻3)。ここには、大切なのは「像」ではなく、その「気」の同調性だと説く朱子の主張が込められていると考えられます。
 なるほど、そうであれば、孔子像の爪が長いことを現代的な感覚で不気味に思うことと同じくらい、儒家的だ儒家的でない等と古代思想史の知識だけで論ずるのは危険であるし、ナンセンスなのかもしれません。この謎は謎のまま、もう少し楽しみたいと思います。


【参考】
庄内藩校致道館HP(2017年4月30日確認)
・菅野和郞(解説)「孔夫子之像」(玉川大学出版部『全人』742、2010年9月号、43頁)
・井手誠之輔「礼拝像における視覚表象 : 宋元仏画の場合」(『死生学研究』16、2011年10月、221頁)




LC哲学カフェ開催のお知らせ


今年度第一回目の哲学カフェ、詳細が決まりました。下記の通りです。

 【新入生歓迎特別企画】
 友情をめぐるビブリオバトル

 日時 5月8日(月)16:30-18:00
 場所 A706教室

今回は特別企画として、新しくLCに加わった一年生を歓迎すべく、上級生たちがビブリオバトルを繰り広げます。

バトルのテーマは「友情」。広い意味での「友情」に関わる小説、マンガ、映画、アニメなどから、発表者(5名程度)が好きな作品を一つ選び、5分間でプレゼン。数分の質疑を経て、次の発表者へ。すべての発表が終わった後、どの作品が一番読んでみたくなったか/観てみたくなったか、という観点から教室中の全員が投票し、「チャンプ作品」を決定。優勝者には豪華な賞品が……?

なお、参加者の自己紹介は行いませんし、無理に発言する必要もありません。途中入室、途中退室も自由。ちょっとだけ見物してみてすぐに退室、でも構いません。

特に新入生の皆さんは、ぜひ気軽にのぞいてみて下さい。ちょうど連休明けの初日で、五月病の対策にもなるはず。


ビブリオバトルの発表者は随時、募集中。興味のある人は、宮野先生か小笠原まで連絡を。

※上記二枚の写真は、昨年の12月5日に開催された「「君の名は。」で哲学する、再び」の模様です。

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2017年4月21日金曜日

平成29年度 文化学科ガイダンスゼミナール&新入生歓迎会 が開催されました

 4月15日(土)に中央図書館多目的ホールで、新入生を対象とした文化学科ガイダンスゼミナールが開催されました。本年度のテーマは「文化学科で考える<環境と人間>」。まず林誓雄先生が「地球なんて捨てて宇宙へ行こう!?—環境問題を哲学する」、藤村健一先生が「自然環境と地域性—県民性研究・風土論・地誌学の視点」と題してミニ講義をおこないました。

 林先生は講義の冒頭、「いやぁ、まだまだ地球って寒いよね、もっと温かくなってもいいよね。地球温暖化万歳じゃない?」と挑発的な態度に出ます。さらに、「そもそも、どうして私たちは地球環境を守らないといけないのだろうか。今や別の惑星をテラフォーミングすることが現実味を帯びてきているのだから、地球の環境がダメになったら、宇宙に出て、どんどん宇宙で使える星を見つけて、人類の存続を図った方がかしこいんじゃないの?」とたたみかけます。もちろん、それは学問的な挑発。そして、新入生には、この林先生の挑発的意見に、どうやって「論理的に」「正当な根拠をもって」反論するか、ということが課題として出されました。


 一方、藤村先生の講義は、最近テレビでよく見る県民性というのは、信用に値するのかという問いかけから始まりました。山陰は日照時間が少ないから、陰気な性格になりやすい、というけれど、じっさいの日照時間を調べたら・・・とマスメディアを賑わす疑似科学を暴く一面も。さらに、和辻哲郎の風土論も実証的なものではない、という指摘などもあったうえで、単に地形や気候だけでなく、地域の文化や宗教、産業や生活の様々な側面をデータに基づき多角的にみていく地理学の手法についての紹介されました。そして、新入生には日本の諸地域を地理学の手法で読み解き、そこから県民性として何が導出できるのか考えてみよう、という課題が出されました。


 新入生たちは、グループごとにこの二つの課題のいずれかが割り当てられ、3時間に及ぶグループ討議と発表準備の時間が与えられました。図書館で資料を調べたり、ひたすらに議論したり、発表の形式に悩んだり・・・あっという間に時間は過ぎます。サポートの上級生の手を借りつつ、なんとかレジュメを作り終えたのは、どのグループもほぼギリギリの時間でした。

 午後の前半は林先生の課題に当たったグループから、手書きのレジュメをスクリーンに映しながら発表をおこないました。そもそも、別の惑星をテラフォーミングするというけれど、それは一体どれくらいの時間がかかるのか、また金額はどれくらいになるのか、という実際的な問題から、地球の人すべてが移住した場合「国」という概念がなくなり、言語や文化の違いを越えて共生することには難しさがあるのではないかといった意見や、林先生がいうところの「姥捨山戦略」は対象を「モノ」のように扱っているが、地球は単なるモノなのか、という意見など。しかし、なかなか林先生にクリティカルヒットするものは出ず・・・、「人としてどうかと思う」という新入生のコメントも飛び出しました。

 休憩を挟んで後半は、藤村先生の課題を担当したグループの発表となりました。宮城・静岡・大阪・山口が取り上げられ、それぞれ地形・気候・地域の成り立ちと歴史・産業形態などが紹介され、そこから県民性を探っていくという取り組みでしたが、一口に「県」といってもかなりの広がりを持つもので、統一的な県民性を見つけ出すということなかなか難しい課題だったようです。ただ、じつはそんなに簡単に統一的な特徴など存在しないんだ、ということがわかっただけでも学術的には大きな進歩だったのではないでしょうか。

 最後の総合討議では、小笠原先生一言先生の質問が呼び水となり、新入生の皆さんから積極的な発言が飛び出し、熱いバトルが繰り広げられました。学術的な議論とは、一体どういうものなのかを少しでも垣間見てもらえたとすれば、とても嬉しいのですが、どうだったでしょうか?


 そして、ラストは新入生歓迎パーティー。一日勉強し尽くして疲れ果てた新入生の皆さまはともかくよく食べる(笑)美味しいご飯やケーキを片手に同級生や、先生たちとガイダンスゼミの感想(愚痴?)を言いつつ、笑いながら、あっという間に閉会の時間を迎えました。

 新入生のみなさんは、まさに学問の扉を開けたところです。今回のガイダンスゼミがその指針になることを祈っています。

 最後になりますが、この会を開催するにあたってサポートを担当してくれた上級生の皆さまに心より御礼申し上げます。

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2017年4月18日火曜日

人生と美術史と(落合桃子先生)

 平成29年度最初の「教員記事」をお届けします。本年度は落合桃子先生(美術史)、中村未来先生(哲学)、縄田健悟先生(心理学)、一言英文先生(心理学)の4名の先生方を新しく文化学科にお迎えしました。
 「教員記事」最初の4回は、この4名の先生方にご寄稿いただく予定です。
 第1回目は美術史の落合桃子先生です。



人生と美術史と
   
     落合桃子(美術史

 このブログは、どのような方が読んでくださるのでしょうか。大学生の皆さん、文化学科に興味を持ってくださっている高校生の皆さんが多いのでしょうか。それならば、自分の高校・大学時代のことから、話を始めるのがよいのかもしれません。

 神奈川県に生まれ、地元の幼稚園と小学校に行った後、東京都内にあるキリスト教系の中学・高校で学びました。昨今ヒットした映画『君の名は。』の主人公の一人、立花瀧が住んでいる(という設定の)駅の近くに私の通っていた学校がありました。映画では主人公たちが電車に乗っている場面がよく出てきますが、私も同じようにJR線などで学校に行っていました。満員電車での通学がストレスだったのか、あるいはカトリックの厳格な校風に馴染めなかったのか、中高生時代には、自分とは何者なのか、人生とは何なのか、そんなことを悶々と考えてばかりの日々でした。

 その頃によく聴いていたのが、PEALOUT(ピールアウト)という日本のロックバンドの音楽でした。「April Passenger」「Summer’s gone」「Winter」といった季節や時間をテーマにした曲が多く、人生とは時間の流れであって、季節の移り変わりのようなものなのだろうとイメージをするようになりました。『GYRO』というマキシシングルのCDジャケットには後ろ姿の人物も登場しています。今になって思えば、この時期に漠然と考えていたことが、後の美術史研究のテーマにつながっていくことになったようです。

 大学生になり、初めは心理学を志すものの、美術史という分野があることを知り、美術史を学ぶようになりました。今日まで研究を続けていることを考えれば、正しい選択だったのでしょう。大学生の頃は、時間があれば美術館に行き、分野や時代、ジャンルを問わず、多くの展覧会を観るようにしていました。

 卒業論文では、第二外国語がドイツ語だったこともあり、ドイツ・ロマン派の風景画家として知られるフリードリヒ(Caspar David Friedrich, 1774-1840)を取り上げました。後ろ姿の人物の描かれた作品で有名な画家でもあります。自分の関心とリンクしていたようで、大学院の修士論文と博士論文でも同じ画家の作品研究を行うことになります。

 修士論文では、フリードリヒの晩年の代表作《人生の諸段階》の作品研究を行いました。バルト海に面した浜辺に、杖をついて外套をまとった後ろ姿の老人をはじめとする5人の人物が描かれています。背景の海には5隻の舟/船が見えています。薄雲のかかった夕焼けの空が広がっています。この絵について政治的・社会史的な解釈を提示しました。

フリードリヒ《人生の諸段階》1834-35年,ライプツィヒ美術館

 博士課程に進学してからは、一日の4つの時や四季、人生の諸段階を主題とした、複数の画面からなる連作形式の作品へと関心を広げました。フリードリヒの連作で一日の時と四季、人間の一生、そして宇宙の流れまでもが同じ連環のうちに捉えられているのはどうしてなのだろうと思ったのです。調査を進める中で、こうしたテーマは19世紀前半のドイツで大変好まれた画題であって、シンケル(Karl Friedrich Schinkel, 1781-1841)やコルネリウス(Peter von Cornelius, 1783-1867)といった同時代の多くの画家たちがこの主題の絵画作品を制作していたことがわかってきました。また18世紀末から19世紀前半のドイツでは、哲学者のヘルダー(『人類歴史哲学考』1784-1791年)やヘーゲル(『歴史哲学講義』1837年)が書いているように、人類の歴史が幼年期・青年期・壮年期・老年期という人間の一生として捉えられていました。こうした時代背景の中で、フリードリヒは絵を描いていたのです。

 フリードリヒという画家の絵について研究することで、実は自分の人生について考え続けていたのかもしれません。これまでの研究成果を博士論文としてまとめることができ、これからは新たなテーマにも取り組みたいと考えています。この春から文化学科で教育や研究ができることをうれしく思っています。どうぞよろしくお願いいたします。


縄田健悟 講師



□縄田先生のブログ記事


□縄田先生の授業紹介


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□研究室 : 文系センター棟8階 818号室

□専門分野 : 社会心理学、集団心理学、組織心理学  (→心理学って?)

□現在の研究テーマ:
 集団間紛争と集団暴力、ならびに高業績を生み出すチームワーク

□教育研究活動:
 人は集団の中で生きる社会的生物であり,多くの影響を集団から受け、多くの影響を集団に与えています。こういった"集団心理"を私は専門に研究をしています。”集団心理”には功罪あるのですが、集団のプラスの側面として、高業績を生み出す集団過程(チームワーク)を、集団のマイナスの側面として、集団間紛争と集団暴力を、主たるテーマとして研究しています。

□担当科目(2017年度):
 心理学A・B、社会心理学、集団心理学、文化学演習 ⅢⅣ・ⅤⅥ


□提供できる模擬講義
「ヒトと集団の社会心理学」


□受験生へのメッセージ:
 高校までの勉強は,先生が導く知識をいかに正しく当てるかというものでした。
 それに対して、大学での学問は、自らがその知識を開拓する側です。誰も知らない学問という土地をあなたが切り拓くのです。皆さん自身が自分独自の研究テーマを定めて、福大人文学部文化学科で一緒に新たなフロンティアを開拓しませんか?


□卒業論文について
 社会心理学、集団心理学に関する内容であれば、何でも構いません。各自で興味を持てるテーマを決めてもらいます。手法面では、特に定量データを根拠に検討するという実証的な手法で取り組んでもらいます。興味があれば、ひとまず相談に来てみて下さい。

2017年4月11日火曜日

落合桃子 講師


□落合先生のブログ記事
人生と美術史と


□落合先生の授業紹介


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□研究室 : 文系センター棟7階 721号室

□専門分野 : 西洋近現代美術史、ドイツ美術 (→美術史って?)

□現在の研究テーマ :19世紀ドイツ美術

□教育研究活動
 ドイツ・ロマン派の風景画家として知られるフリードリヒ(Caspar David Friedrich, 1774-1840)や同時代の画家たちは、四季や一日の4つの時をテーマとした絵画作品を数多く制作しています。こうしたイメージを分析することで、画家自身の世界観や、当時の歴史認識を浮かび上がらせたいと研究を続けています。

□担当科目(2017年度):
芸術A・B、西洋美術史、博物館資料論、基礎演習Ⅰ・Ⅱ、文化学演習 ⅢⅤ・ⅣⅥ


□提供できる模擬講義
「絵の見かたを教えます―絵画鑑賞入門」


□受験生へのメッセージ:
 文化学科では、哲学・宗教学・社会学・心理学・文化人類学・地理学・美術史といった多彩な専門科目が用意されています。まだ自分が学びたいことが決まっていなくても、学びを進める中で関心のある分野を見つけることができるでしょう。文化学科で共に学べることを楽しみにしています。


□卒業論文について
 美術やアート、広い意味で視覚イメージに関するもの。「芸術」担当の教員は私のほか、浦上雅司先生と植野健造先生がいます。それぞれの先生に相談してみてください。

2017年4月10日月曜日

一言英文 講師



□一言先生のブログ記事


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□研究室 : 文系センター棟8階 801号室

□専門分野 : 感情心理学、比較文化心理学 (→心理学って?)

□現在の研究テーマ :
 幸福感の文化比較、向社会的感情の文化比較

□教育研究活動
  一見個人的なもののように思われる「感情」ですが、実は暮らしている社会環境や文化集団で一定の価値観を支えるような働きを持っていると考えています。以下の和文図書に過去の研究を収めておりますので、ご覧ください。
・『自己意識的感情の心理学』(北大路書房)
・『心理科学の最前線(K.G.りぶれっと No.26)』(関西学院大学出版会)

□担当科目(2017年度):
心理学A・B、文化学特講Ⅱ、基礎演習Ⅰ文化学演習 ⅢⅣ・ⅤⅥ

□提供できる模擬講義
「感情心理学」
「文化心理学」
「健康心理学」
「心理統計法」
「心理調査法」


□受験生へのメッセージ:
 高校までの勉強は腕立て・腹筋・背筋のような物です。鍛えた筋肉を使って何を考え、何を見て、何に問題を見出して、何をするのか。これらを探し、取り掛かる正解の無い勉強、すなわち「学術」を行うのが大学です。あなたが取り掛かることで世の中に生まれるたった一つの答えがあります。ぜひ、一緒に学術をしに来てください。お待ちしています。


□卒業論文について
 感情心理学を専門にしていますので、人の感情の仕組みや感情に関する行動の研究に興味のある方など大歓迎です。また、私自身の研究で感情の文化比較を行っておりますので、文化の異なる人々の感情を比較する研究にも関心があります。国だけでなく性別、年齢、地域、習慣、職業や生活スタイルといった文化的多様性の間における人々の感情の異同やその要因について心理学的な研究を行いたいという方、ぜひご検討ください。

中村未来 講師


□中村先生のブログ記事
孔子の爪―中江藤樹記念館を訪問して―

□中村先生の授業紹介


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□研究室 : 文系センター棟7階 718号室

□専門分野 : 中国哲学 (→哲学って?)

□現在の研究テーマ :中国出土文献による聖賢故事と経書の研究

□教育研究活動
 主に中国古代(春秋戦国、秦漢代)の思想について、近年新たに発見された出土文献(竹や木の札に記された文献)を用いて研究しています。中国古代の聖王・賢人の故事や『書経』『詩経』などの経書の形成・変容から、朱子学・陽明学を通してそれらが日本漢学へ及ぼした思想的影響についても興味を持って検討しています。これらの内容を取りまとめた近著には、次の書籍があります。
・『概説中国思想史』(共著、ミネルヴァ書房、2010年)
・『名言で読み解く中国の思想家』(共著、ミネルヴァ書房、2012年)
・『戦国秦漢簡牘の思想史的研究』(単著、大阪大学出版、2015年)
・『テーマで読み解く中国の文化』(共著、ミネルヴァ書房、2016年)

□担当科目(2017年度):
倫理学A・B、アジアの思想Ⅱ、アジア宗教文化論Ⅱ、文化学基礎論、文化学演習 ⅢⅣ・ⅤⅥ


□提供できる模擬講義
「諸子百家の思想」
「中国古代思想と新出土文献」
「故事成語の起源」
「中国の文字と書物」    など


□受験生へのメッセージ:
 中国古代史は、近年、相次ぐ史料の発見により、定説が見直される事態が次々と巻き起こっています。徳論や性説など、これまで信じられてきた認識・概念を再検討する臨場感を、ともに味わってみませんか。


□卒業論文について:
 中国古代思想に限らず、朱子学や陽明学、日本漢学についても基本的な指導は可能かと思います。道教や書誌学・漢字学など、とにかく漢文資料が扱いたいという方はご相談ください。

2017年4月7日金曜日

平成29年度 新入生指導懇談会(対面式)

 4月6日(木)、文化学科新入生と学科教員の対面式が行われました。

 今年度の新入生は転科生を含めて103名。教員も新任の先生4名をお迎えし、フレッシュな顔ぶれとなりました。

 林誓雄先生による司会進行のもと、学科主任の浦上雅司先生から歓迎の辞が述べられ、続いて教員紹介が行われました。その後、新入生ひとりひとりが自己紹介をしました。今年は「話しかけてください」アピールがやや多い印象でしたが、好きな音楽や得意なことなど、はきはきと話してくれた新入生もいて、あっという間の1時間でした。

 これからの4年間がクリエイティブで実り多いものとなることを期待しています。


2017年4月5日水曜日

平成29年度 文化学科ガイダンスゼミナールのお知らせ


4月15日(土曜日)に福岡大学中央図書館多目的ホールにて、新入生を対象とするガイダンスゼミナールが開催されます。

 このゼミナールは文化学科の新入生に、自分たちがこれからの4年間、「文化学科で何を、いかに学ぶか」を実際に体感してもらうための催しです。

 今回のテーマは「文化学科で考える<環境と人間>」です。このテーマについて、最初に2人の先生方が異なる角度から講義をします。その後、先生方から出された課題に、新入生がグループに分かれて取り組みます。最後に、各グループの成果を発表してもらい、参加者全員で議論します。

 当日は、必ず学生証筆記用具を持参して下さい。

 終了後には新入生歓迎会が行われます。





日時 2017年4月15日(土)9:00-17:30(8:50開場)
会場 福岡大学中央図書館1階多目的ホール

午前の部
 09:00 開会、趣旨説明
 09:10 講義① 林誓雄先生「地球なんて捨てて宇宙へ行こう!?‐環境問題を哲学する」
 09:45 講義② 藤村健一先生「自然環境と地域性‐県民性研究・風土論・地誌学の視点」
 10:20 グループ作業に関する説明
 (休憩10分)
 10:35 グループ作業①=課題をめぐる調査、議論、発表準備
 (適宜昼休み)

午後の部
 12:30 グループ作業②=課題をめぐる調査、議論、発表準備
 14:30 グループ別発表① 15分(発表10分、質疑応答5分)×4グループ
 (休憩15分)
 15:45 グループ別発表② 15分(発表10分、質疑応答5分)×4グループ
 16:45 全体討論
 17:30 閉会

 18:00 新入生歓迎会(文系センター棟16階スカイラウンジ)〈会費=1,000円〉



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2017年3月30日木曜日

恋とはどういうものかしら?(宮野真生子先生)

教員記事をお届けします。2016年度第14回目は哲学の宮野真生子先生です。


恋とはどういうものかしら? 

宮野真生子(哲学)

 すこし前、学生さんとお酒を飲みながら、恋人ができたという報告を受けた。ちょっと恥ずかしそうにしている学生さんを相手に、年甲斐もなく、「相手は?」「どうやって知り合ったの?」などと思わず質問攻めにしてしまい(ごめんなさい・・・)、でも学生さんは「いや、じつはけっこう前から好きで・・・」「でも、なかなか言えなくて」と恥ずかしそうに答えてくれた。それを聞いて、私はさらに年甲斐もなく、「わー、恋だねぇ、いいねぇ」と羨ましがってしまったのだった。


 「恋がしたい!」というフレーズはわりと頻繁に耳にする。だが、そういうときに求められている「恋」の体験は一様ではないと思われる。「恋って素敵!」といっても、そこで想定されている「恋」の魅力は色々あるということだ。

 まずは、恋人になるずっと手前、たとえば合コンやあるいはバーや居酒屋で隣に座った人と、何も知らないまま話し始め、「あれ、この人なんかいいかも」と感じる瞬間。言ってみれば、出会いの感覚、何かが始まる予兆へのドキドキである。次はもう少し進んだ段階で、まだ付き合ってはいないけれど、明らかに相手も自分に関心があるし、これはいけるかもと思いながら距離を測りつつ近づいていくプロセス。ちょっと露悪的にいうと「恋のかけひき」を楽しんでいるとき。そして、ようやく恋の成就。つまり、相手と想いが通じ合い、相思相愛になるとき。それは、相手に想いが届いたという喜びと同時に、相手から愛され、「あなたじゃないとダメ」と自分の唯一性が認められたことの満足感だろう(こうした唯一性の感覚を「確固としたもの」として手元に置いておきたいと思うからこそ、人は恋の相手を束縛し、嫉妬に駆られる。そして、そんなふうに束縛し嫉妬する自分を嫌悪し、そういう自分は愛されないかもしれない、と脅えて、自分から愛されることの満足感を削り取っていく)。

 私が「恋っていいな」と思うのは、とくに出会いとかけひきのプロセスに関してである(じつは唯一性の承認は、恋人以外でも手に入るので)。恋を分析するなんて、色気のカケラもない野暮の極みだが、こういうことを言語化したいと思うのが哲学をやる者のいけないところだ。でも、すこし考えてみよう。

 合コンやバーでたまたま知り合った人と話をする。こういうとき、とりあえず簡単に自分について(あるいは自分が考えていることについて)話すことがあるだろう。どういう仕事をしているのか、何が好きなのか、最近どんなことが面白かったか・・・など。それは社交辞令的で、とてもありふれた会話のように思えるけれど、じつは、私たちは自分が何者であるか/自分は何を考えているか、ということをイチから語る場面に出くわすことはそんなにない。もちろん、日々私たちは多くの人に出会い、様々な形で関わっているけれど、友だち同士だと、すでにある程度、お互いの情報が共有されているところから会話は始まるし(とくに最近ではSNSで事前に相手の状況を知っていることが多いので、会話が始まる時点で前提されている内容が多い)、他方、全然知らない人と関わる場面では、たとえば、駅に忘れ物をして駅員さんに問い合わせをしてお話したところで、それは、駅員さんとお客さんという関係のなかで関わっているだけで、その駅員さんがどんな人なのか、何を考えているのか、なんていうことに思いをはせることはない。

  しかし、合コンや、酒の場でたまたま一緒になった人とはそうはいかない。「私は何者なのか」「何を考えているのか」ということから説明する必要がある。とくに、合コンとは違って、酒の場でたまたま会話をかわした人との関係は難しい。いわゆる、酒場の会話の一つの特徴として、その場限りで流れていく良さというのがあり、その意味で、酒場で「私は何者か」について詳しく喋るのは、むしろ野暮の極みである。もちろん、相手にたいし、「あなたは何者か」と根掘り葉掘り尋ねるのも野暮というものだ。しかし一方で、そうすると、知らない者同士が並ぶ酒場のカウンターでは、会話のとっかかりというものがない。(もちろん、だから一人で静かに飲む、というのもそれはそれで心地良い)。相手がどういう考えの人で、どのような背景をもっているのか、そういうことがわからない。そのなかで、何かの拍子に(良いバーテンダーさんというのはそういう拍子をとるのがうまい)、会話が始まる。手探りでそろりそろり。だけど、相手が知らない人だからといって、当たり障りのない話だけしていても、会話は弾まない。だから、様子を見つつ、自分の思っていることをぽつりぽつりと話してみる。それに対する相手の反応を見つつ、あるいは、相手の話す言葉を捉えつつ、酒場で出会ったそのとき限りの二人が「自分」だけを手札に会話することになる。だからこそ、酒場での会話には、本音がぽろりと漏れることがあるし、そんなとき意図せず人は無防備な状態になってしまったりする。そういう無防備な状態で、「すごくわかります」などと理解を示されてしまったりすると、思わず「おっ」となってしまうことがある。
 
たぶん、それは合コンでも同じことで、要は自分をある程度晒さねばならないところで、思わず、自分の弱いところ、プライベートな感覚を晒してしまうことがあって、多くの場合は、そういうふとした瞬間は見逃されてしまうのだけれど、時々、そこにスルリと入って来る人がいる。そうすると、なにせ元が無防備な状態なので、こちらは驚いてしまう。その驚きは、心を動かすことがある。その動いた、という感覚。それは恋というにはまったく及ばない。あるいは単なる動揺のままの場合もある。けれど、その驚きや動揺は、安定した日常に小さな風穴を開けるだろうし、その風穴から吹く風に何かが始まる予兆を感じ取ることができる(ただし、この風に乗るか乗らないかは自分次第だ)。結局のところ、「恋がしたい」という呟きは、日常を覆うベールを壊したい、あるいは、様々な前提に隠された自分を引き出したい、それに触れてもらいたいという、ある種の自己破壊的な願望なのかもしれない。

 そして、恋は進みはじめる。恋のかけひきも自己破壊的な側面をもつものなのだが、その話はまたいずれ。



□宮野先生のブログ記事
ここにいることの不思議
文化学基礎論
死と生をめぐる合同ゼミ
『愛・性・家族の哲学』が出版されました

□宮野先生の授業紹介
文化学基礎論潜入記
宮野ゼミ×林ゼミ「死と不死」
宮野ゼミ合宿記

2017年3月23日木曜日

2016年度ゼミ研修報告

 今年度13回目の学生記事をお届けします。12回目に引き続き、文化学科4年生の植田舞香さんが昨年11月に行われた、ゼミ研修旅行について報告してくれました。


2016年度 ゼミ研修報告
LC13台 植田舞香

 2016年11月4日、穏やかな秋空のもとゼミ研修が実施された。もともと9月に予定されていたが、台風の影響により中止となり、あらためて11月の実施となった。

 午前9時、フタバ図書福大前店近くの福岡大学B校地を出発、山口県美祢市の秋吉台・秋芳洞(あきよしだい・あきよしどう)に向かう。途中、関門橋上り線のめかりパーキングエリアで休憩する。建物の屋上からは関門海峡を眺望できる。休憩を終え、お昼前に秋吉台・秋芳洞に到着をする。駐車場近くの食堂で昼御飯を食べ、秋芳洞へ向かう。

 石灰岩のような可溶性の岩石からなる地域では、雨水や地下水による溶食作用の結果、特殊な地形が形成されるが、この地形が最も早く研究されたスロベニアの石灰岩地域の名をとって、カルスト地形と呼ばれているが、秋吉台・秋芳洞はその代表例である。ここでは、地下では鍾乳洞、地上ではカレンフェルトなどの特徴的な地形が広がっている。

 秋芳洞の奥行は約9kmであるが、そのうちの約1kmが見学可能である。秋芳洞の中に入ろうとした我々を最初に出迎えてくれたのは、宝石のように美しく水色に輝いて地上に出現した地下水と、ぽっかりと開いた巨大な洞への入口であった。その景色に感嘆しつ洞内へ足を踏み入れて行くと、そこにはとてつもなく広大な空間が広がっていた。洞内すべてが見どころ満載であるが、なかでも「百枚皿」は、階段状になった多くの石灰岩の皿に水が蓄えられた特殊な地形であり、また、高さ15m、幅4mの巨大な石灰華柱である「黄金柱、こがねばしら」は圧巻であった。洞内の天井から流れ落ちる地下水が壁を伝い、その部分へ石灰分が付着し、何万年もの年月をかけて築き上げられた。一滴一滴の水が静かに、また確実に積み上げてきたものの大きさを物語る姿をしていた。秋芳洞にあるすべてが非日常的で幻想的であり、日頃の喧騒を忘れさせてくれるものであった。

 自然の営みの雄大さに触れた後、福岡県苅田町の日産自動車九州(株)の工場に向かう。日産自動車九州(株)は1975年の創業から今年で41年目を迎えた。年間約53万台の生産能力をもち、工場敷地内の専用埠頭からは国内外の顧客に車が出荷されている。生産されている車は自家用車である。

 ゲストホールに到着すると、多くの小学生たちであふれ、展示してある車に乗って大はしゃぎであった。工場内見学の前に日産自動車(株)の最高経営責任者であるカルロス ゴーン氏の挨拶ビデオを見る。ビデオを見た後、広報担当者に案内をされて工場内を見学する。自動車業界は技術力を競っており、工場内での撮影は禁止であった。

 車の生産は顧客からの受注生産であり、したがって生産ラインには同じ車であっても座席が異なる、車体の色が違うなど、多様な車が並んでいた。また、車の組み立てにおいてはコンピュータ制御のロボットが活躍していた。一方で、人の手による仕事が求められる繊細な部分も多く存在していた。そこでは従業員の方が効率よく正確に作業できるように道具箱の位置や中身を調整するなど、多くの工夫がみられた。工場の外では自動運転の車両が建物から建物へ部品を運んでいた。

 日産自動車(株)のテレビ広告に、歌手の矢沢永吉氏による「やっちゃえNISSAN」がある。この広告は「人々の生活を豊かに」というビジョンのもとに、現在さらに将来にわたる自動車生産の取り組みを象徴したものである。具体的には、従来、日産自動車(株)は「技術の日産」といわれてきたが、新技術の開発に果敢に挑戦して、「走行中の排気ガスを無くす」「日産車による死亡重傷事故を無くす」という目標を掲げているのである。そして自動運転技術を2020年までに段階的に導入することを宣言して取り組んでいるのである。

 現代の日本において車はあまりにも当たり前のものとなっているが、その裏には様々な努力があるということを工場見学を行って改めて知ることができた。その努力があるからこそ、車の技術は日々進化しているのだろうし、その結果として私たちの生活もより豊かになっているのだと感じた。

 工場見学を終えて、大学への帰途についたが、今回のゼミ研修では、自然の壮大さと人間の技術の偉大さに痛感させられた。


2017年3月19日日曜日

平成28年度 福岡大学人文学部 文化学科 学位記授与式が挙行されました

 平成29年3月19日、平成28年度福岡大学人文学部文化学科の学位記授与式が挙行されました。その模様をお届けいたします。
 学科主任の平兮先生より、学科の卒業生全員一人一人に学位記が授与されました。
 ご卒業されたみなさま、本当におめでとうございます。卒業生を支えて下さったすべての方々に心よりお礼を申し上げます。
 夜には会場を移して卒業記念パーティが行われました。
 卒業生のみなさんの将来が、希望と幸福に満ちたものでありますように。



 
 
 



 






2017年3月10日金曜日

宮島の「たのもさん」(宮岡真央子 先生)

「教員記事」をお届けします。2016年度13回目は文化人類学の宮岡真央子先生です。



宮島の「たのもさん」
    
     宮岡真央子(文化人類学

 2016年9月1-2日、2年生のゼミの研修旅行で広島に出かけた。1日目、福岡から一路宮島へ到着したわたしたちは、まずは腹ごしらえと、厳島神社の参道で一軒の食堂に入った。香りのよい牡蠣丼で満たされてから店内を見渡すと、9月1日という日付と「たのもさん」と大きく書かれたポスターに気づいた。「たのもさんというのは、何かのお祭りですか?」若い店員さんに聞くと、「今夜これを海に流すのです」と、店の入口に飾られているカラフルな作り物の船を指差した。期せずしてお祭りの日に出くわしたことに少々興奮し、さらに質問を重ねようとすると、店員さんは奥の女将さんを呼びに行った。出てきた女将さんは、わたしの質問に答えながら以下のようなことを話してくださった。

「たのもさん」とは、旧暦八月朔日(ついたち)、八朔(はっさく)の行事である。宮島では、農作物の豊作と家内安全を祈り、各家で小さな船を用意して、夜にこれに火をともして厳島神社から海に流す。宮島は神の島で、島全体がご神体と考えられてきたため、明治以前には田畑を作ることが禁じられていた。だから豊作祈願は、自分たちでは作ることのできない農作物への感謝の気持ちを込めて行う。以前は対岸の大野町の農家の人たちが、流れてきた船を海から拾い上げ、自分たちの田へ持ち帰って供え物としていた。今は対岸で船を拾う人もいないので、牡蠣船が後日これを片付けている。船にはシンコ(米粉)で作った人形を載せる。その家の人数分の人形に、やはりシンコで作った犬と太鼓を添える。この家ではネコを飼っているので、犬の代わりにネコの人形を添えた。

 船の中をのぞき込むと、かわいらしい人形が並んでいた。

 宮島歴史民俗資料館の展示解説、そこでいただいた宮島の年中行事紹介のリーフレット、そして帰福後に閲覧した『文化庁月報』の記事などから、以下のようなこともわかった。

 「たのもさん」でこしらえる作り物の船は「たのも船」と呼ばれる。旧暦8月1日、厳島神社の末社の1つ四宮(しのみや)神社では、同社氏子である南町の人々によって例祭「四宮大祭(大黒天)」がおこなわれる。その時に五穀豊穣等を祈願した「たのも船」を持ち寄ってお祓いを受け、「たのも船」のローソクに火をともして夜の満潮時に厳島神社から海へと流す。今日では参加者は、南町に限らず島全体に広がっている。

 お盆の精霊流しでもないのに海に船を?と最初はよく分からなかったが、やがてなるほどと合点した。その日は旧暦8月1日であり、八朔は正月や盆にならぶ節日と考えられてきた。中国・九州地方では八朔行事として、稲の実る前の豊作祈願の予祝儀礼(農家の主人が酒を携えて田に赴き、「よう出けた、よう出けた」と唱えながら酒を注いでまわる「田誉め」など)、二百十日を控えた風止め祈願などが行われ、これらは「さくだのみ(作頼み)」とも呼ばれる。また、稲作をしない地域では、八朔に子どもの初節句を祝い、それにともなう贈答慣行もあった。現在でも福岡県内に残る行事としてよく知られるのは、遠賀郡芦屋町の八朔の誕生祝いであろう。生後初めて八朔を迎える男の子がいる家では、ワラウマ(藁馬)を、女の子がいる家ではシンコでダゴビイナ(団子雛)を作って飾る。その後、それらワラウマやダゴビイナは親類や近所に配られる。ただし、現在は旧暦8月1日ではなく、新暦9月1日から2日にかけて行われる。また、かつては博多でも、子どもが初節句を迎える家で、親類・縁者からお祝いに贈られたサゲモン(吊し飾り)を吊した笹竹を座敷に飾り、翌日にはこのサゲモンを親戚や近隣に配ってまわった。このように、西日本では八朔雛、八朔人形の贈答習俗が広く見られたのである(八朔行事の詳細は、下記参考文献を参照)。

 宮島の「たのもさん」は、豊作祈願の行事である。ただし、シンコの人形を載せた船を海に流し、それを対岸の農家の人々が受け取った、という点は芦屋町や博多などと共通する贈答慣行として理解することもできる。自分たちには作ることのできない農作物を対岸の人々から受け取る。宮島の人々はそのことに感謝し、神の加護を受けた作り物の船と八朔人形を対岸に返礼する。そこには、宮島島民と対岸農民との互酬性(やりとり)が垣間見られる。ただし現在、このような互酬性が対岸で意識されることはなくなったようだが。

 もう一つ、宮島の「たのもさん」について知る過程で、暦のことが気になった。上に述べた芦屋町の八朔行事のように、今日わたしたちの身のまわりにあるさまざまな民俗行事は、もともと行われていた旧暦の日付ではなく、「月遅れ」で行われることが多い。もともと旧暦7月15日前後におこなわれていた盆行事を新暦8月15日前後に行うというのは、この典型である(ただし、東日本の都市部を中心に盆行事を新暦7月15日前後に行うところも多い)。

 日本の暦は、1873(明治6)年、明治政府によって旧暦(太陰太陽暦)から新暦(太陽暦)へと切り替えられた。暦の西洋化である。以来人々は、それまで日常生活で培ってきた季節感と上から定められる暦との間で、自らの生活の暦を調整してきた。月遅れで行われる行事は、その調整の結果といえる。さらに現在では、多くの民俗行事が月遅れの日に近い日曜日(会社や学校の休日)に日を移しつつある。このことは、上に述べた生活上の暦の調整が、今なお進行中であることを示している。

 とはいえ、宮島の「たのもさん」は、今も旧暦に従って行われる。なぜだろう。

 調べたところ、宮島で「たのもさん」の他に旧暦に従う行事として、旧暦6月17日の厳島神社の「管絃祭」があった。これは、夕方の満潮時に御輿(みこし)を船に載せ、雅楽を演奏しながら諸神社を巡る神事だという。「たのもさん」も「管絃祭」も、大潮の満潮時、という条件を必要とする。こうなれば、やはり月の動きに基づき、潮の干満を即座に知ることのできる旧暦に従うことが肝要なのだ。海の上に建つ厳島神社ならではの事情といえよう。ちなみに、沖縄では今もさまざまな行事が旧暦に従って行われている。海の中にあり、常に潮の干満を意識する島の生活では、今なお旧暦が大きな存在感をもつのだということを、あらためて思い返した。

 わたしたちが宮島を訪れたのは、平日だった。それにもかかわらず、宮島では国内外からのたくさんの観光客が闊歩していた。一見すると観光化された島と思われるが、宮島には民俗行事がこのように生活に根ざした形で受け継がれている。このことに驚き、感心した。

 その日、わたしたちは「たのも船」が海に浮かぶ光景を眺めることなく、夕方には広島市内の宿へと向かうため、宮島を後にした。残念。「宮島は夜がいいんよ」という島の人の言葉を思い出しつつ、次回の広島行きに思いを馳せている。その時は、事前に旧暦を調べることも忘れないようにしよう。

(参考文献)
佐々木哲哉 2010「八朔のお節句」、アクロス福岡文化誌編纂委員会(編)『福岡の祭り』、96-99頁、海鳴社
長沢利明 2000「八朔」、福田アジオ他(編)『日本民俗大辞典 下巻』372-373頁、吉川弘文館
(参考URL)
宮島観光協会「管絃祭」:http://www.miyajima.or.jp/event/event_kangen.html
蔦谷慶三(南町総代会)「宮島のタノモサン(連載 祭り歳時記 伝承を支える人々)」、『文化庁月報』平成24年9月号(No.528):http://prmagazine.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_09/series_08/series_08.html


□宮岡先生のブログ記事
台湾と沖縄

2017年3月8日水曜日

【再掲】平成29年度文化学演習の所属希望について(連絡)

文化学科学生各位

《重要》平成29年度 文化学演習所属希望調査について


◆平成29年度 新2年生(LC16台)・再履修者各位
 平成29年度の文化学演習Ⅰ、文化学演習Ⅱの所属希望について、下記の要領で提出して下さい。

◆平成29年度 新3年生(LC15台)・新4年生(LC14台)・再履修者各位
 平成29年度の文化学演習ⅢⅣ、文化学演習ⅤⅥの所属希望について、下記の要領で提出して下さい。

  1. 演習Ⅰ・Ⅱ(LC16台および再履修者)については、配布された「演習所属希望調査票」を前期と後期で各1枚提出して下さい(再履修を除くと、各自2枚提出)。
  2. 演習Ⅲ-Ⅳ、Ⅴ-Ⅵ(LC15台・LC14台)については、配布された「演習所属希望調査票」を前・後期通じて合計1枚提出してください(再履修を除くと、各自1枚提出)。ただし、再履修の場合は1科目(半期)ごとに1枚提出してください。
  3. 提出先は文系センター棟低層棟1階のレポート提出ボックスです(下記案内図参照)。
  4. 提出期間は 平成29年3月15日(水)~17日(金) 16:50  <厳守> です。提出がない場合や期限に遅れた場合は、教務・入試連絡委員が所属を決定します。 ※何らかの事情で上記の期間中に提出できない場合は、事前に教務・入試連絡委員(大上か小笠原)へ相談して下さい。
  5. 決定した演習の所属は、3月19日(日)の9時までにFUポータルと人文学部掲示板で発表します。
  6. 演習所属に関する問い合わせは、文化学科の教務・入試連絡委員 大上か小笠原まで。

※注意事項
  1. 演習ⅢとⅣ、ⅤとⅥは前期と後期で同一教員の演習に所属することになります。
  2. 演習の所属は原則として本人の希望に基づいて決定します。ただし、希望人数が定員を超える場  合は、平成28年度の成績に基づいて調整します。
  3. 各演習の内容については、3月上旬以降にFUポータルでシラバスを閲覧することができます。『文化学科 教員紹介』も参考にして下さい。
  4. 登録制限科目を履修する場合、所属を希望する演習の開講曜日・時限と重複しないように注意してください。
  5. 学芸員を志望者する3年生 (LC15台)は、必修の「博物館資料保存論」(火曜5限<前期>)と「博物館展示論」(水曜2限<前期>)が、火曜5限<前期>と水曜2限<前期>の文化学演習Ⅲと重なっています。学芸員必修科目を履修する場合、火曜5限と水曜2限の文化学演習Ⅲ・Ⅳは履修できませんので注意して下さい。
  6. 再履修が必要な場合、必要な用紙を別途用意し、「再履修」欄に必要事項を記入して提出してください。
  7. 「演習所属希望調査票」が手元にない場合は下記からダウンロードしてください。文化学科のFUポータルからもダウンロードできます。ダウンロードした用紙は配布したものと色が違う場合がありますが構いません。






2017年3月6日月曜日

平成28年度提出の卒業論文題目一覧


平成28年度提出の卒業論文題目一覧をお届けします。末尾に卒業論文関係の記事も載せていますので、そちらもぜひご覧下さい。


平成28年度提出の卒業論文題目一覧


1)哲学
関口浩喜 教授 (現代英米哲学)
・自由と責任―「自由と怒り」をめぐって―

林 誓雄 講師(近現代哲学・倫理学)
・出生前診断に伴う選択的人工妊娠中絶の倫理

平井靖史 教授 (近現代フランス哲学)
・時間について
・自閉症者を取り巻く「現象学的共同体」に関する予備的考察
・可能世界と虚構の哲学

宮野真生子 准教授 (日本哲学)
・漫画「ニセコイ」の登場人物はなぜポリアモリー関係に発展しないのか
・女性誌にみる「女らしさ」
・自己肯定感と母娘関係について

2)宗教学
岸根敏幸 教授 (日本の神話と宗教、仏教、インド哲学)
・日本の神話・伝説と動物
・ユダヤ教の成立と展開
・世界の神話伝説と深層心理

3)社会学

4)心理学
大上 渉 准教授 (犯罪心理学)
・人質立てこもり事件の失敗と成功の要因
・「タイガーマスク運動」からみたポジティブ報道の連鎖

佐藤基治 教授 (認知心理学)
・アイシャドウと被服が肌色に与える印象
・作業能率に及ぼす色彩の影響について
・数4と5の谷間

髙下保幸 教授 (感情心理学)
・アイルランド人気質について

5)文化人類学・民俗学
白川琢磨 教授 (宗教人類学)
・「幸福(しあわせ)」の比較文化的考察

高岡弘幸 教授 (民俗学・文化人類学)
・日本人が憧れた女性たち~アイドルとスターの50年~

宮岡真央子 教授(文化人類学)
・ブータンに見る幸せのかたち
・神になった武将~菊池武時信仰の変遷~

6)地理学
磯田則彦 教授(人口地理学)
・『夢をかなえるゾウ』は本当か?~夢をかなえるゾウにみる夢をかなえるということ~
・日本人にとっての「幸福」とは
・第一印象から相手に感動を与えるためには~日本人のおもてなしを意識して~

7)美術史
植野健造 教授 (日本の美術)
・太宰府天満宮
・エッシャーについて
・宗教と芸術
・山口県の伝統工芸品について
・ロゴマークについて
・日本美術における美男・美女について
・芸術にあらわれた猫




卒業論文関係の記事

卒業論文執筆を終えて(LC13台 植田舞香さん)
卒業論文発表会に参加して
平成28年度卒業論文発表会が行われました
卒業論文発表会のお知らせ 
卒業論文相談会の開催について
卒業論文



2017年2月27日月曜日

卒業論文執筆を終えて(LC13台 植田舞香さん)



今年度12回目の学生記事をお届けします。文化学科4年生の植田舞香さんが卒業論文を執筆し、完成するまでの経緯について報告してくれました。



卒業論文執筆を終えて
LC13台 植田舞香



 今回私は、『女性誌にみる「女らしさ」』という題目のもと、卒業論文を執筆しました。その内容や過程をここでお伝えすることで、後輩のみなさんの参考になればと思います。

◆論文の内容

 現代日本の女性誌(ファッション誌)における「女らしさ」の出現について二つの方向から研究しました。
  ひとつは、「女ことば」ということばの出現から、そこにあらわれる「女らしさ」を明らかにしていきました。ちなみに「女ことば」とは、「~だわ」などのような主に女性が文末に用いることばのことです。この「女ことば」の歴史や雑誌に実際にあらわれる回数について調べていきました。
  もうひとつは、雑誌の中に頻出する特定の単語に注目することで、雑誌の中で求められている「女らしさ」について考察しました。例えば、「大人っぽい」や「可愛い」などの単語がどの雑誌にどの程度みられるか、調べていきました。
卒論発表会で質問を受ける筆者


◆ 研究内容の決定

 私はもともと「日本語」に興味があり、卒業論文も「日本語」についてのものを執筆したいと思っていました。そこで卒業論文相談会の時に、以前からゼミなどでお世話になっていた宮野真生子先生に相談をしました。「言霊信仰について」や「配慮表現について」など、いくつか候補がありましたが、最終的に今まで調べたことのなかった「女ことば」に着目して研究していくことに決めました。また、「女ことば」を研究していく上で、女性誌という女性をターゲットにしたメディアを用いることで、自分の論文に独自性が生まれると思い、女性誌に注目していきました。



◆執筆初期

 まずは、参考になりそうな書籍を探すことからはじまりました。先行研究について調べてみることで、自分が疑問に思う部分や深めていきたいと思う部分が明確になっていくと思います。また私の場合は、様々な種類の雑誌を読んで、どの雑誌を参考にしていくか決定していく作業も同時に行っていきました。
卒論発表会にて宮野ゼミメンバーと

   続いて、宮野先生のご指導のもとおおまかな構成を決めていきました。これは、「問題背景」「先行研究とその批判」「問題提起」「研究目的・方法」を決めていく作業でした。実はここが一番重要なポイントだったように思います。これらの基本的な筋道がしっかりとしていることで、その後の論文制作がやりやすくなると思います。


◆執筆中期

 執筆が本格的になり、先行研究について具体的にまとめたり、自分独自の研究がはじまったりしていきました。私の場合は、雑誌における「女ことば」の数をひとつひとつアナログで数える作業があり、それは大変な部分でもありました。しかし、この作業が自分の論文の新しさに繋がると思い、妥協せずに作業を続けました。

◆執筆後期

 提出日が近くなっても、私は「女ことば」を数える作業がまだ完了しておらず、それによって自分の論文の結論をどうしていくべきか、なかなか決められずにいました。論文を書き始めた当初は、時間は十分にあると思っていましたが、実際は論文をより良いものにしていくのにはかなりの時間が必要だったと痛感させられました。私の卒論ゼミでは、卒業論文提出締切日の前の日に提出を完了させて、その日の夜に打ち上げをすることになっていました。提出する前の日は、情けないことに徹夜をして、なんとか完成させました。しかし、最後まで妥協せずに書き上げたことで、自分の中で納得して提出できたことはよかったです。おかげで、打ち上げのごはんもおいしく食べることができました(笑)。

◆卒業論文執筆を終えて

 私は卒業論文を書いたことで、色々なことを学ぶことができたと思います。もちろん、研究した内容に関しての知識もつきましたし、効果的な文章の書き方なども知ることができました。そして何より、自分が論文を書いたことによって明らかになった事実があったことも嬉しかったです。
 先行研究にないことをしていくのは、大変なことであるかもしれません。しかし、その部分が自分の論文のオリジナリティになっていくと思うので、妥協せずに研究してほしいなと思います。論文を書く機会は、人生においてあまりないことですし、書かなかった人よりかは確実に自分の身になるものがあります。単位のためでもあるかもしれませんが、何よりも自分のために卒業論文に取り組んでみてほしいです。
 最後に、今回卒業論文執筆のご指導をして下さった宮野先生と一緒に切磋琢磨してくれた宮野卒論ゼミのメンバーに感謝申し上げます。

卒論発表会終了後のひとこま












2017年2月14日火曜日

推奨研究プロジェクト主催 林誓雄『襤褸を纏った徳』書評会


 文化学科教員の林誓雄先生と平井で「時間の哲学と倫理学研究」という推奨研究プロジェクトを遂行しています。このたび、このプロジェクト主催にて、林先生のご著書

襤褸(ぼろ)(まと)った徳  ヒューム 社交と時間の倫理学』

 (2015,京都大学学術出版会)の書評会を開催いたします。同書は、林先生のご専門であるヒューム倫理学を、とりわけ「私たちの道徳判断において時間がどのような役割を果たしているか」という新たな角度から論じた、たいへん密度の高い研究書です。この書について、いくつかの異なる角度から、質疑を通じて理解を掘り下げることが出来れば幸いです。普段の教室での姿とは違う林先生が見られるかもしれませんよ。
 熊本大学から、現代倫理学がご専門の佐藤岳詩先生と同大学四年生の中根杏樹さんをお招きし、福岡大学からは四年生の荒巻俊介さんと平井が各章を担当します。
 書評会という性質上、書籍を前提とした議論になりますが、聴講は自由です。なお質疑担当者からは当日レジュメの配布があります。




推奨研究プロジェクト「時間の哲学と倫理学研究」主催
 林誓雄『襤褸を纏った徳』書評会


・日時:3月1日(水)14:40〜17:20
・場所:福岡大学 A棟8階 A811教室

  詳しいプログラムは下記チラシをご参照下さい。

2017年2月8日水曜日

卒業論文発表会に参加して

 今年度11回目の学生記事をお届けします。文化学科3年生の本田愛梨沙さんが、卒業論文発表会に参加した感想を報告してくれました。


卒業論文発表会に参加して
LC14台 本田愛梨沙

 2017年1月28日、人文学部文化学科の卒業論文発表会が開催されました。発表会には初めて足を運びましたが、想像以上に来場者が多く驚きました。発表は昨年から導入されたポスター形式のみでしたが、ポスターの前に行くと論文の内容を先輩から直接聴くことができました。そのため、いつきても興味ある論文の発表を聴くことができる上に、先輩方と距離が近いので気軽に質問することができました。

 わたしは心理学、哲学、倫理学と3分野の論文発表を聴きました。ただ一口に哲学といっても恋愛や時間の概念など種類が様々です。漫画を具体例に出しそこから考察をしたり、時間や空間など実態のない概念について考察したりと文化学科ならではの多種多様さだなと実感しました。

 わたしがいちばん、心に残っているのは心理学の犯罪心理についての論文です。人質立てこもり事件に関する失敗と成功の要因についてというテーマで、警察側の視点でどのような時に人質立てこもり事件で被害者をださないか、あるいは救出に失敗してしまうかということを考察してらっしゃいました。まず、人質立てこもり事件の失敗と成功を定義と犯罪の動機とその動機ごとの救出のしやすさ、先行研究などついて説明し、その後統計解析を用いて結論を導いたことをお話ししてくださりました。その先輩は過去20年分の新聞記事から人質立てこもり事件について情報を集めており、卒業論文の地道さや大変さを実感しました。

 文系、特に多種多様な文化学科では一定のゴールが定めにくいですが、卒業論文を書くことで文化学科で何かを学んだと胸を張って言える根拠になるのではないかと思いました。先輩方のような素晴らしい論文をかけるか不安ですが、わたしも1年後、この発表会の場に立てるよう頑張りたいと思いました。